階段の話
夕食時、今日の出来事を話した。ここあさんとたっくんは自室に戻っているので、ここにいるのは三人。みっちゃん、正人さん、きよっさん。…きよっさんは、近くの派出所のお巡りさんで、みっちゃんの知り合い。「足がつっちゃって…。」退勤時に、自転車を漕いでたら秋の雨で冷えたのか足がつり、ちょうどこのアパートの前だったので、慌てて避難してきた。「ゆりちゃんは?」「ランドリーの方よ。雨だと使う人が増える分、マナーのない客も増えるから。」みっちゃんときよっさんが世間話している。「きよしさん、ご飯食べていかれるでしょ?」正人さんが、客用茶碗にご飯をよそう。「いや、かまわないで。俺も、すぐ出るからさ。」「しっかり温めてから行きなさいよ。その間に雨もおさまってくるわよ。」根拠はない。先日の八百屋のご主人から買い込んだ野菜がふんだんに使われているメニューだ。人参、玉ねぎ、ゴボウのかき揚げ、小松菜の煮浸し。なすの天ぷら。舞茸とベーコンのバター炒め。「こりゃ旨そうだ。」「旨いわよ。愛がたぁっぷりだもん♪」「…胸焼けしそう。」「なに、正人君はあーんってして欲しいの?」「いえ、けっこうです。頂きます!」がふがふ言いながら、ご飯をかきこむ。「あれから、困った事はないかい?」と、きよっさんはかき揚げに大根おろしと天ぷらつゆを浸しながら聞いてくれた。「付きまといとかは…。まぁ大丈夫っす。ただ、今日は学校で揉めました。」「あら、恋愛関係?」「違います。」ワクテカして聴くなよ。「今日、初めて、授業サボったんす。」「ありゃ。」「わ~、不良~。」「いちいち、チャチャ入れないで下さいよ。」そうして、三人の大人に今日の出来事を話し、知恵を貸して貰う。「君は、意外に素直に育ってるねぇ。普通なら、他所のおっさんに話さないよ。」きよっさんが、小鉢のお浸しを食べながら言った。「うーん、自分の親より、他人の大人が助けてくれる事の方が多かったからですかね。」食後のお茶で仕上げ、食器を片付けると隅に置いておいた勉強道具を持って、ランドリーに向かう。ゆり子さんと交代だ。
「たくましいなぁ。俺の娘があれ位の時なんか、『あれ欲しい』『これ欲しい』とかばっかりだったぜ。」「でも、今は立派に“ママ”してんでしょ?3ヶ月だっけ?」「もう、5ヶ月よ。首が座ったら、とたんにいっちょ前になるんだから、参ったぜ。」きよっさんの顔がデレッと緩む。「男の子と女の子じゃ成長も違うでしょうけどねぇ。」正人さんが、なすの天ぷらに塩をかけて頬張る。「?俺の孫か?女の子だぜ?」「?お子さんの話では?」二人が互いに?と首を捻っていたところに、ゆり子さんが戻ってくる。「あらあら、きよしさん、まあまあ。」「おう、ゆりちゃん、お邪魔してるよ。」「ゆり子さんもお茶、飲むでしょ?」「お漬物出しましょうか。ちょっと早いかしら。」なんてやり取りで、また、正人さんは真実を知らないままになった。
雨上がりの早朝、バイト中にオーナー夫人から聞かされたのがどうにもひっかかって、「もしも…。」の場合をお願いしておいた。谷さんにも一応、連絡する。そうして、アパートに戻っていつも通りに学校へ。少し警戒していたが、なんて事はなく教室に入る。「おはー。」「よう。」朝練の為登校が早いこの二人は、いつも先に教室にいる。「変わりない?」少し小声で聞いたが、「なーんにも。」「まだ、担任が来てないからな。」と、話していると朋ちゃんの自分とは反対側に座る女子生徒が会話に入ってきた。「島崎さんはまだ来てないみたいよ。」朋ちゃんの前の席の男子生徒が(つまり、リンダの隣)くるりと、こちらに体ごと向けて「昨日、ふくいと島崎、先生と話したんだろ?お前らはよばれた?」「何にも言われてねぇな。」「これからかな?」「俺も帰っちゃったから、叱られんのかな?」「それは知らん。」なんて話が教室全体で話し合わされていた時、ガラリと扉が開いて担任が「鈴田、川田、杉本。ちょっとこーい。」と、呼び出す。目配せして、何食わぬ顔で教室を出る。向かったのは職員室、その中の一角に業者さんや役員が話し合うように、応接セットが置かれていて、そこでの話し合いになるようだ。他の先生にも聞こえるから、口先の嘘は言えない。「まあ、座って。」三人がけのソファだけど、リンダが座ると「ぐう。」「せ、せまい。」向かいには担任と学年主任が座る。「えっと、まぁ、昨日は、色々あったみたいだな。」担任は、なんとも頼りない話しの切り出し方をしてきた。「しかしなぁ、ケンカをして、むくれて帰るなんて小学生だぞ?もう、高校生なんだから…」バンっとローテーブルを叩いたのは、リンダ。「先生、それ、マジで言ってます?」砲丸投げの選手であるリンダの大きくゴツい手がテーブルの真ん中に置かれている。職員室全体が静まる。「先生、ケンカなんて、誰が言っているんですか?」担任を見ずに学年主任を見て質問する。しかし、学年主任の先生が話す前に、担任が「脅しみたいな事をしてるのが小学生だと言っているんだよ。わかってる?」唾を飛ばして喚いている。だめだ。これは話にならない。「野村先生、私が聞きますから。」学年主任は担任を抑え、自分たちに体を向き直し、真っ直ぐ見てきた。




