ちょっと先に進んだ話 はみ出し者が集うアパートの店子と日常
放課後はアパートに向かわず、途中の商店街の裏通りにあるスナック街へと入っていく。夕方3時、4時だと静かなもので、寂れた商店街を更に色濃くさせている。ところが6時を過ぎた辺りから、電気がつき音楽が流れると、どこからわいたのやら、各店にふらふらと客が流れていくのだから不思議である。そんな名店揃いの一つ。「スナック ぷいぷい」の前に自転車を置き、「おはようございます。」と入っていく。中はまだ薄暗く、キッチンだけ電気がついていた。「あら、“こう君”。おはよう。」「学校、お疲れさま。早く着替えて手伝って。」キッチンで皿やコップを拭くライトブラウンのサラツヤヘアの“たくや”さん。テーブルを拭く黒髪ツーブロックの“じん”さん。高身長で、それぞれモデルの様な体型で顔も良いのに。オネェ。あぁ、少子化に拍車がかかる。店の奥、急勾配な階段を上り、二階部分はスタッフの控え室になっている。古い畳の8畳二間続きで、カラーボックスに入ったかごにそれぞれの名前が表記され、そこに着替えなどを入れている。畳まれた布団や服の掛かったパイプハンガー掛。鏡がえらくデカイ化粧台。沢山のカラフルなウィッグ。
スクールバッグを端に寄せ、壁に立て掛けられていた折り畳みの小さなテーブルを引き寄せる。大きなミラーもこの部屋にあったやつ。ぱちん。ぱちんっ。と、クリップを外せば、黒髪乙女の頭が脱皮する。それを、同じく店に放置されていたスキンヘッドののっぺらぼうの帽子置きに被せる。ウィッグ下のネットを外し、ショートの髪をワシャワシャとほぐす。店に常備した自分のメイクバッグからウェットシートの化粧落としでメイクを剥がす。つけまとコンタクトも同様に。数分後、着替えて降りてきた“自分”をみて、じんさんは、「ほんと、上手いもんよねぇ。」と、品を作って呟いた。杉本 幸21歳 フリーターの出来上がりである。靴を履き替えるだけで10センチ伸び、伊達メガネとメイク、耳と顔につけたシルバーアクセサリーで、ちょっと近寄り難い兄ちゃんを演出。キッチンに入り、たくやさんの隣に立てば違いは歴然なのだけれど接客する訳でなし、野菜の皮を剥き、下ごしらえを手伝っていく。「やだ、乾きもの足りないかも。こう君、“山ぴー”行って、適当に3袋程買って来て。」バックヤードから“じんさん”の指令がとぶ。「あ、じゃあついでに業務用の味醂と顆粒だしもお願い。」笑顔で付け加える“たくやさん”。「…っす。」代金を預り、エコバッグ片手に商店街へ。自転車乗り入れ禁止の為、足で向かう。「わざわざ、重い業務用頼む“たくやさん”は、キレイな顔して、鬼やな。」頭上から聞こえる声はいつもの幽霊。「まぁ、自分が来た時から変わらないから、あれがベース。」道行く人に不審がられないよう、声を潜めて会話をする。
昨年の夏休み、会ったばかりのみっちゃんに連れていかれたのが「スナック ぷいぷい」。今日と同じく開店準備をしていた二人は、開口一番「やだ、女の子なんて連れて来て!」「みっちゃん、気でも振れたの?!」と、失礼以外の何物でもない言葉を早口で喋った。今日の様な姿をしていたのにも関わらず。
「ねっ?大丈夫でしょ?」みっちゃんが笑顔で“自分”に微笑みかけたが、何をもって大丈夫なのか、いまだに解っていない。
夕方6時まで手伝って、その姿のまま帰路に着く。アパートについて自室に戻ると、ユニットバスでシャワーを浴び、空の弁当箱を持って階下のみっちゃんの部屋へ。中からドアを開けてくれたのは“ゆり子さん”。
「お帰り。“さっちゃん”。」「お帰り~!」「ただいまっす。」弁当箱を流しで洗い、かごに伏せておく。コンロ前で昨日と同じフリフリエプロンで鍋をかき混ぜているのは、出勤前のみっちゃん。たくましい腕と白いタンクトップ。ピチピチの膝下丈のジーンズ。ブラウンゴールドの髪は、少し天パが入っていて、ヨーロピアン美少年のウェーブヘアそのもの。あくまで、ヘアスタイルだけ。
「今日は、豚汁。ひじきご飯、シシャモの焼いたやつと、マビキナのお浸しよ。」「旨そうっす。」「旨いにきまってるじゃない!」ちゃぶ台では、“たっくん”がテレビの子供番組を観つつ、塗り絵をしていた。“ゆり子さん”は、コインランドリーの方へ行ったのだろう。定期的に掃除と見回りをする。これも、入居時に言われた一つ。そのかわり、常の洗濯だろうと布団や毛布等の大型サイズの洗濯だろうと、乾燥含め無料で使える。
鼻歌交じりのみっちゃんの横に身を寄せ、“たっくん”に聞こえないように、
「“ここあさん”、帰ってきました?」と問いかけた。“たっくん”は母親、“ここあさん”が18歳の時の子で、正しくは匠馬。3歳の年少さん。“ここあさん”も、まだ21~2歳。ちょっと遊びに出かけて酔いつぶれてしまったのか。まぁ、仕事柄あってもおかしくない。と、気楽に考えていたが。
「…多分、男の所。今回は、何処の誰かも解らないの。」眉をひそめたみっちゃんの横顔は、渋い二枚目俳優の様だった。




