ちょっと息抜きの話
日曜日。朝から雨。しかも、夏の残りカスのような蒸し暑さで不快指数は爆上がりだ。昨日、アパートの自室について、メイクを落とし、シャワーを浴び、ベッドに倒れて瞬殺。目覚めたのは朝の9時。「おはよう。疲れてたんやな。」幽霊が朝の挨拶をしてくる。「…。幽霊って夜の生き物じゃないんだな…。」「はあ?死んどる!死んどるもんに朝も昼も夜もあるかい!」テンション高ぇー。もそもそと起き上がるとエアコンをドライに切り替え、顔を洗い歯を磨き、着替える。「なぁ、なんで普段はブラジャーせんのや?」一口コンロで湯を沸かしていると、ノンデリの幽霊がのたまった。
「なんだ、気になるのか。お年頃だな。」へっ、と鼻で笑うと、「嫌でも目に入るやん!お前、みっちゃんみたいなブラジャーせんやんか。」おい、オネエを引き合いにだすな。彼(彼女)は有名ブランドの上下セットを複数コレクションしている。ちなみに毎度、おしゃれ着洗いの洗剤で手洗い、アイロンをかける徹底ぶりだ。「女の部分を消す為だよ。」カップにインスタントコーヒーと砂糖を少し入れ、沸いた湯を注ぐ。少し混ぜ、牛乳を足してカフェオレを作る。菓子パンとカップを持って、部屋の真ん中に置かれたミニテーブルに置き、床に座る。「いただきます。」コーヒーが内臓を温めていく。ふー、と腹の中に溜まった冷たい空気を吐き出す。「父親は、女性と距離が近くてさ。よく、家に連れてきたんだ。」雨は、しとしと降り続いている。
今、学校で使っているウィッグ位の長さの髪の毛をベリーショートに切ったのは、お手伝いのみつ子さんが辞めて一月経たない頃。いつも通りの夜、女性を連れてきたほろ酔いの父。最初、女性も酔っていて、友好的で明るく振る舞っていた。しかし、自分が自室で眠っていた真夜中に、女性の金切り声と父の慌てる声に飛び起きた。ドンドンドンドンっと部屋の扉を叩かれ、ガチャガチャと鍵のかかったノブを回しながら「この!色気づいたクソガキがっ!あんたのせいでっ!」と、訳の解らない事を喚き立てている。恐怖と驚愕で13歳の自分は、少しチビった。
シャワーを借りに風呂場に行くと、排水溝の蓋に自分の髪の毛が一本、流しきれずにひっかかっていたらしい。それが、まるで女の存在を意義を自信を、その全てを小馬鹿にしている様に感じたのだとか。知らんがな。
しかし、この事がトラウマとなり女性的な部分を出来るだけ削っていこうとシフトチェンジしていく。幸い(?)胸は大きくならず、その分の栄養が身長にいき、意識して運動した結果、一般的な女子中学生より背は高く、肩幅が広く尻も小さい身体が出来上がった。今はバイトと自転車通学の効果か、腕とふくらはぎが太く育っている最中だ。
自室の“可愛い小物”は姿を消し、黒や白のモノトーンに変わっていく。普段着も男物の服や、ジーンズ、白や黒のシャツ。一般的な家庭なら急な娘の異変に気付き心配するものだが、何せこの父は自分が父親だという認識が薄い。だから、「好みが変わったんじゃない?いいじゃん。格好よくて。」なんて調子だ。そして、そこに目をつけたのが件の幼なじみ。「それなら、いっそ、思いっきりやって楽しみましょ。」ってなもんで、彼女の当時中学デビューしたての年子の弟も引き込みメンズメイクにメンズファッションと、色々試して実験し失敗し成功してきた。「で、こうして今の自分が出来たって訳。だから、可愛いブラじゃなく、ぴったり押さえつけるスポブラオンリー。ご理解頂けたか?」空のパンの袋をゴミ箱に入れる。「なるほどな。だから、前に「ぷいぷい」に生き霊つれた女の子が来た時も。」「すげー恐怖だったよ。膝に力が入らなくなるし。動悸と冷や汗がでて最悪。」女特有の粘っこい悪意に、金切り声。ドアの叩かれる音。ドアノブの金属音。「いやな物だらけだ…。」空を睨み付けながらコーヒーを飲み干した。
昼前に、雨が止んだ。夜には再び降り出すらしく雲が重い。今のうちに買い物に行く為、ジーンズ、Tシャツの上に薄い上着を羽織って自転車に乗る。買い物も、近いスーパーやドラッグストアを回って最下値で買う徹底ぶり。「今日はポイント2倍だったから雨止んで良かった。」「お前は徹底してるなぁ。関西人もびっくりや。」「あ、そういや、お前、生粋の関西人じゃねーじゃん。」「お母はんが里帰り出産したんが名古屋やねん。で、親父の仕事の都合で、可愛い盛りの一歳児連れて浪速入りしたんや。」「…?お前、思い出したのか?」「…?え?」自転車を止めて幽霊の顔をみる。「それ、生きてる時の記憶だろ?」「…ほんまや。」
雲間から光が差した。




