ちょっと先に進んだ話 はみ出し者が集うアパートの大家
早朝、4時。目覚ましが鳴る直前に目を覚まし、時計のベルをリセットする。くそっ。寝不足だ。手早く身支度を済ませる。ショートの髪は寝癖がついているが、手にジェルを付け全体を逆立たせたら終わり。服はメンズのTシャツ、ジーンズ。上げ底靴を履き、部屋を出る。自分の自転車に乗り、向かうは通り一つ向こうのコンビニの早朝バイト。みっちゃんの知り合いがオーナー兼店長で、4時30分から7時までの品出し、搬入のバイトを口利きしてもらったのだ。「おはようございます。」「あぁ、“さっちゃん”。おはよう。」朝はオーナー夫人が店番を担当。夫人はホウキとチリトリでドア前を掃除していた。「今、客居ないから今の内にトイレお願い。」「っす。」「もうっ!“さっちゃん”、男らし過ぎるわよ!」夫人のお叱りを背中で聞き流してトイレに向かう。掃除、棚整理、ジュースの補充、6時30分に届く日配品を並べて業務終了。アパートに戻ると自室に行かず、みっちゃんの部屋へ。「おはよう!昨日はご苦労様ね。」こちらの挨拶の前に、言葉を飛ばしてきたのは仕事着のままフリフリエプロンをつけて味噌汁をよそっている“みっちゃん”。どこの女将さんかと見紛う彼こそがこのアパートの大家、里田 光紀29歳 男。
ジェンダーにうるさい今の時代に、敢えて彼(彼女)は「自分は男で、心に女子を住まわせていて、可愛い格好が好きなオカマ」である。と、公言している。まぁ、“みっちゃん”という、人。それ以上でも以下でもないのだ。
「朝、起きれたかい?無理はしちゃ駄目だよ。」コーヒー片手に経済新聞を読み、柔らかな笑みを向けてくるこの青年は、井戸 正人26歳 男。
「あ、おはようございます。大丈夫す。」「あはは、“こう君”はいつも落ち着いていてクールだなぁ。」まさとさんは、柔らかい笑みのままコーヒーを飲み干し、新聞片手に「みっちゃん、ご馳走様!」と、席を立って行った。彼の部屋は自分と同じ、二階。たっくんの部屋を挟んだ向こう端。「さっちゃん、後で正人君にお弁当、届けてぇ。」「うん。」目玉焼きとウインナー、ミニトマトの皿を受け取りながら返事をする。ご飯は自分でよそう。味噌汁はあおさ。「頂きます。」
大家の部屋で朝食を食べる。これは入居する際のルールだと言われた。「だって1日必ず一回は顔を合わせないと、何かあったら心配でしょ?」朝食代は家賃に含まれてるから心配しないで♡
昨年の夏、入居先を探していた自分にみっちゃんが言った言葉である。ウインク付きで。




