学生だけの特権 理不尽はそこらに転がっている
黙々と野菜の皮を剥いていると、「あら?鍵閉まってるわ。」「でも、室外機は動いてんじゃん?ちょっとー?こうくーん?」コンコンとノックの音。「あ、すぐ開けるっす。」手を洗い、ドアノブ下の内鍵を開ける。「なに?どうしたの?」「トイレで籠ってた?」“いつもはしない事”をした事にたくやさんは気付いて心配をしてくれ、じんさんは下品な弄りをしてきた。二人は、店のカウンターに据えられた椅子に腰かけ、汗がひくのを待ちながら先ほどのドアドン(壁ドンとは全く意味が違う)のあらましを聞いてくれた。もちろん幽霊の事は割愛して。
「今までも、こんな事ってあったんすか?」玉ねぎの皮を剥きながら質問する。「うーん、私が要る時は無いわね。」「私もないわ。ただ、早い時間だから気付かなかっただけで今までも来てたのかしら。」「だったら、隣の店の誰かしらが気付いて教えてくれるわよぉ。向かいの店主も仕込みに来るの早いでしょ?」「そうよねぇ。とりあえず、見てないか聞いて見ましょうか。知ってる奴なら対処出来るし、知らない奴でも周りの目があれば牽制出来るかもだし。」さらりと髪をかきあげて、たくやさんは立ち上がる。まだ、仕事前なので二人とも男性のままだ。隣のbarのママやスタッフの姉ちゃんが「なんでオカマなのよぉ。」と、悔し涙で眠れぬ夜を過ごすらしいルックスのたくやさんと、飲み屋に入ったら合コン中のOLや女子大生が、相手そっちのけで相席を求めてきてよく揉め事になるらしい、じんさん。そんな二人からの聞き込みやお願いなら、何でも喋って聞いてしまうだろう。本当に、世の中は理不尽だ。けど、
「私は残ってる。もし、あんたが出てった後に来たら、大変だしね。」と、じんさんはエプロンを着けながらたくやさんを送り出した。「なんか、心配かけてすみません。」玉ねぎの芯と頭を切り落としながら言うと、「あぁ、気にしないで。私達だって大好きなお店に、嫌がらせする奴なんて許さないしね。」細マッチョの腕にぴったり目の半袖Tシャツのじんさんがフライパンと木べらを持ってコンロへ。今日の「ぷいぷい」の日替わりメニューは“カレー”。夜の〆メニューで人気の品だ。「あんたも食べるでしょ?」と聞かれたが、「いえ、遠慮します。昨日カレーでした。」「えぇっ?みっちゃんカレー作ったの?」今日は“カレーの日”って知ってんじゃんねー。何考えてんのよ。と、文句を言いながら玉ねぎを炒めていく。多分「カレーの気分だったんじゃないすかね?」みっちゃんによくある事だった。
福神漬けとらっきょうをテーブル用のビンに入れかえていると、たくやさんが帰ってきた。「周りで見た人は居ないわぁ。けど、今日の“ドン”って音は隣のママも聞いたって。顔は見てないけど。」
じんさんは先に仕事着に着替え、ウィッグとメイクを仕上げて皿につまみを入れている。「今日が初犯かしらね。まぁ、店に対してなのか、こう君や私、たくや、みっちゃんの個人に対しての嫌がらせなのかも解らないし。」この一回で終わってくれたら良いわね。と、じんさんは、たくやさん用のコップに冷たい麦茶を注いで、たくやさんに渡す。「皆に、何かしら気付いたら教えてって言ってあるの。明日は我が身かも知れないんだもん。協力しなくちゃ。」クーラーの風を胸元に入れながらごくごくと麦茶を飲む姿は、CMがごとく。「ちょっと早いけど、今日はもう帰んなさい。」「みっちゃんにも、さっきLINEしたし。人のいる道なら大丈夫でしょ。」格好良いお兄さんと、格好良い“お姉さん”に促され、早退する事に。まだ昼間の様に明るい上、商店街を通らず市営プールの横を通れば人は沢山いるとの事。
「すんません、お先、失礼します。」と、タイムカードを切って店を出た。置いていた自転車は日陰であったにも関わらず、ホカホカで尻を乗せられない。
仕方なく押して帰る。
色々気にかけてもらって申し訳ない。幽霊にも、悪い事した。
自分でも気付かない内に一杯一杯だったのだろう。
小学生の時は、みつ子さんがいた。
中学時代には、幼なじみの二人が。
今、新しい環境で新しい人達とコミュニティを築いている途中だ。気を許していいか判断する前に、色々ありすぎた。
幽霊に、謝ろう。何か饅頭でも供えたら許してくれないかな。いや、もっと高い物、ねだられそう。なんて考えながら歩いていた。




