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きっかけとなった話  何事も初めてがある

店主のジジイは、他の物件も探してみるからとりあえず三軒隣の喫茶店に行けと言う。そこに、大家がコーヒーを飲みに来てるらしい。入居前の面接のようなものだと。一応、不動産屋の連絡先が載ったチラシとジジイの名刺を貰い、礼を言って店を出た。で、三軒隣の喫茶店…。おい、左右とも、三軒先に喫茶店があるじゃねぇか。もう一度、中に入って確認しようかと思った矢先、左サイドの店から人が出て来て「こっち、こっち。」と呼んでくれた。背の高いお兄さんだ。店の扉を開けて待ってくれた。キレイなウェーブがかった髪は肩辺りの長さで、ハーフ顔。日焼けだろうか地黒だろうか、健康的な褐色のすらりと伸びた四肢は引き締まっている。うながされて店に入った。扉を閉めたお兄さんに「ありがとうございます。」と会釈すると、「いえいえ。」と優しく微笑む。世の女性よ。ここに物語の中の王子がおわすぞ。心の中でアナウンスする。「まぁ座ってよ。」と、カウンターの席を薦められた。お兄さんは飲みかけのコーヒーが入ったカップの前に座る。あっと思い辺り、「大家さんでいらっしゃいますか?」と、その隣に腰掛けながら訪ねた。すると、そのお兄さんはちょっと目を見開き(カウンターの中のマスターも同様に)あははと笑った。「やだっ。今時そんなしゃべりかたする子がいる?!」やだもーおっかし!と笑うお兄さん、もといお姉さんは、やはり大家さんだった。ひとしきり笑って本題に入る。「えーと、今は空いてないんだけど、来年の1月を目処に出ていく子がいるのよ。」椅子をくるりと回して向かい合わせになりながら説明を受ける。志望校合格予定として、3月中には入居しておかねばならない。「まぁ元々惰性で大家やってるからさ。入れなくっても違約金とかないから。唾だけつけときゃいいんじゃない?」とのお言葉を頂いた。その上で敷金、月々の家賃。水道代ガス代電気代の内訳を聞いてメモをとる。ペンを走らせていると、お兄さんが手元を見ているのに気がついた。「?何か。」字が汚いかな?と思いメモ帳に目を落とす。「あらごめんなさい。じろじろと。今どき紙にメモするの本当に珍しいからさ。」コーヒーを飲みながら大家さんが言うには、皆、スマホでボイスメモをとる。それは万が一の時、自身の正当性を証明する為に必要なのだと。そんな万が一をする積もりは微塵もないが、端から信用されていないのが哀しいと言う。「さっきの言葉使いもさ、敬語も使えない中坊なんてザラな訳。使っても“です”“ます”位のもんなのよ。」

そんな中で「いらっしゃいますか?」と言う言葉が自然に出てくるし、手帳にメモを書く中坊は時代錯誤だという事だ。「教育してくださった方が昭和のバブルを経験されてますので、厳しく躾ていただきました。」何だか誰に向けてでもないけれど、皮肉めいた気持ちになってしまって、つい、口に出てしまった。大家さんは片方の眉をあげながら「へぇ。」と呟いた後、まじまじと頭の先から足先まで目だけ往復して値踏みされた。なんだ。この野郎。顔が良けりゃ失礼も許されると思ってんのか、中坊だからと侮ってんのか。とは、口にも顔にも出さないで、腹の中で思うに留める。

唐突に、大家は立ち上がるとコーヒー代をカウンターに置きつつ「ついてきて。」と、店を出た。あれ?これは入居が断られたのか?判断に戸惑って動けずにいると、マスターが「大丈夫ですよ。」とにっこりと目を細めて声をかけてくれた。「彼に付いていけば大丈夫。」渋いバリトンボイスのひげのマスターが背中を押してくれた。かっこよ。

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