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父は祓い人で私の目指すべき目標の人でもあった。かつては大名から恩賞を賜る話も上がったこともあり、村一番の刀術士と謳われたほどの実力者で、村人から頼られ、慕われていた。三鷹の父親、鷲夜ともよく一緒に仕事の依頼をこなす仲だった。


母は私が三歳の時に流行り病で亡くなり、父との二人暮らしであったが、寂しくはなかった。

祓い人に必要な心が強くあるために、寂しさを志しに変え、母に胸を張れるような祓い人になると決意すれば、再び母に相見える日が楽しみになれるのだ。


七歳の時、家で正座した父の膝の上に頭を乗せ寝転び見上げていれば、大きな手で私の頭を優しく撫でながら、大切なことを説いてくれた。


「死を直前にした者ほど妖に付け込まれやすい。だから祓い人は、常に心が強くあり続けなければならない。――だが、生命が絶対である以上、死を怖れるのは仕方のないことなのだ」

「……父上もやはり死は怖いのですか?」

「ああ。死は怖い。菊理の母が私たちの目の前から居なくなったのも死があったからだ。そして今も――私は菊理に会えなくなることを怖れている」


低く、威厳のある落ち着いた口調で父は答えた。私はそれを耳にして、父は強い人だと思った。弱音を吐いている訳ではなく、世の理を悟り、受け入れているだけなのだ。だから強がらず、怖いと口に出せる。


それが私の出した持論だった。だが、私と会えなくなることを怖がるとは不思議なことを言うものだ。私は父の不安を消すために言葉を伝えれば、父はハッとしてから穏やかに笑みを浮かべた。


そんな父が亡くなったのは私が十三の時だ。

父は鷲夜と共に、古くから妖の主が封印されている洞窟の調査に行った。しめ縄の効力が衰え穢れが漏れ出ているせいか、近くを通った人たちの精神に影響を及ぼしているとのことだった。

恐怖心を抱けば見えなくて良いものまで見えてしまい、それが現実か幻か分からなくなり妖に付け込まれるのだ。


結果から言えば、封印は解けていた。

既に近くの村に被害が出ていて、取り憑いた穢れが二人の仕事の邪魔をした。十程の相手に手間取り戦況が難航した結果、父たちは深手を負って窮地に追い込まれた。

鷲夜の話では互いに死を覚悟した時、父が妖に取引を持ちかけたと語る。


基本、妖は生物の亡骸に取り憑くが、生物自らが肉体を捧げる場合も少なからずある。生贄と呼ばれる風習がそれに当たるものだ。自らの命を絶ち、妖に身を捧げ報酬として望みを叶えてもらう。

鷲夜の話しでは父はそれをしたと云う。望みは村にいる私の身の上の安全。


鷲夜は父の自分勝手な行為に激怒した。危機に陥ったとしても、祓い人は最期の最期まで心を強くあらねばならないというのに、醜態を晒し、体を売ろうとする父は赦し難いもの。


祓い人が危機的状況に陥った時、最終的に取るべき手段は神気を込めた術での自害。

神気が使える祓い人に妖が憑かれると、妖神となると謂れているからだ。

それから鷲夜は命を絶った父に妖の王が憑いたのを見て、自身の神気に神の怒りが宿ったのを感じとり、妖の首を一刀両断したという。


話を聴き終えた私は呆然とした。けれど、父の願いは何故か私の腹に落ちるものだった。

父はあの時、私が死ぬのを怖いと言っていた。あれが本当に父としての弱音だとしたら、父は死に直面して祓い人から人に戻ったのかもしれない。

私が無事さえすれば――村人はどうなってもいい。


父の死と信頼を置いていた者への裏切り。

鷲夜が父の亡骸を村に持ち帰らなかった理由は報復に配慮してのことだった。埋葬したとしても墓を荒らされる可能性があると。

私の心は激しく動揺した。正気を保っておられず、呆気なく倒れ伏せた。


父しか身内がいなかった私を看病してくれたのは三鷹だった。泊まり込みで献身的に世話をしてくれていたようだ。

目を覚ました時、三鷹の安堵した微笑みが一番に視界に入り、全て夢だったのではないかと期待して彼の顔を見つめ続けた。


しかし、そんな願いは家の外を出れば塵と消え、村人の私を見る目が様変わりしていた。村を歩けば耳に付くのはひそひそとした話し声。


「よく顔を出せたものだ。私なら申し訳が立たず、村を去っている」

「父親と同じで面の皮が厚いのだろう。まさかこのような形で私たちの信頼を無下にされようとは。鷲夜様がいなければ、今ごろ村はどうなっていたことか」


私が話し声が聞こえた方に無の感情で顔を向ければ、三鷹が立ち塞がり視界を遮った。

見上げれば温和な表情で三鷹は笑う。


「菊理、今日は何が食べたい?」

「……そこまで食欲がないな」


三鷹の気遣いに困ったように笑えば、私の頬に大きな手が添えられる。いつの間にか男性の体つきに成長していることに気づきながらも、彼の顔を見上げれば私を見つめる瞳だけは昔のまま慈しむように注がれている。


「それじゃあ川に魚を釣りに行こうか。静寂の中、せせらぎの音を聴いていたら心も落ち着くし、お腹が空いていることにも気付けるよ。その時に魚が釣れていたら、焼いて食べることも出来るから、きっと元気が出る筈だ」

「……ふ。そうかもしれないな」


村人は変わったというのに。いつもと変わりなく接する三鷹と話していれば、私まで変わってしまうことはないのだと、教えてくれているようだった。

三鷹が私を私に引き戻してくれる。

それからも辛抱強く元気づけようとしてくれる三鷹を見ていれば、いつまでも落ち込んでいられないと、前を向かなければと勇気づけられた。


それからの私は父の汚名を晴らそうと心に決めて、祓い人の仕事を引き受けるようになった。しかし、自分の中で一度腑に落ちてしまったせいか。私の揺らぎを見抜くように滝の量が減っていった。


村人からどんなに冷たい目で見られようが、詰られようが平気であった私だが、昔から世話になっている滝から見放されていく様は、心が同様に削られていくようで辛かった。


鷲夜や佐吉が言うように拘らなければいいのかもしれないが、ここで私から滝との縁を切ってしまえば、後戻りできない気がして。母も父も亡くして、これ以上自分の大切なものを失うのは心細かった。




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