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二人が夫婦になってから一年と半年が過ぎた頃、私は以前から三鷹たちに誘われていた食事の席に遂に顔を出した。


心が強くあるために、二人の仲睦まじい姿を見ても動揺することがないように。私は修行に臨む心持ちで二人の居住に出向いた。


しかし、私の意気込みとは裏腹に、二人は兄と姉のように出迎えてくれ、気を張っていた体の力は抜けた。


三鷹は雪白に寄り添い、彼女はお腹に宿した子を大事そうに手で撫でている。そんな姿を見ていれば、黒い心など抱けるわけがない。

――来て良かった。


それから雪白の作ったお膳を囲み、和やかに談笑を交わしながら箸を手に取った。

初めて雪白の食事を口にした時、顔に似合わず料理下手なのだなと思った。薄味で筋を取り除かずに調理された野菜は噛み切れない。


ただで食べさせている上、三鷹は指摘もせずに黙々と食べているので、私も何も言わず完食した。雪白は私の御膳を目にして、嬉しそうに頬を手を当てて微笑んだ。


「美味しかったかしら?」

「はい。ご馳走様でした」


優しく笑みを返した。

雪白はよく私の男言葉のような喋り方を注意してくるので、彼女の前だけは言葉遣いを変えている。私も気遣いくらいできるのだ。


その時はそこまで雪白との関係は悪くないと思っていたし、事情のある私に対して変わらずに優しく接してくれるので好意的だった。


しかし、呼ばれる度に段々と、段々と嫌がらせがあからさまになってきた。汁物に野菜に擬態された蝿は浮いてるし、米には生米が混じっているし、日に日に料理の腕前が悪くなっていく。


それでも鈍い私は未だに気付いていなかった。これは酷い、と思い指摘するべきかと悩みながら帰るために玄関に向かう。


何も考えずに草履を履けば、何故か下に尖った小石が置いてあり、体重を乗せた分、足の裏を痛め、反射で唸り足を引っ込めれば異変に気づいた三鷹が私に駆け寄り、体を屈めた。


「どうした菊理?」

「あ、いや……草履の下に石が……」


振り返り、上がり框にいる三鷹を目にして、言葉を発するのを忘れた。視界の隅の雪白が憎悪を滲ませた表情で私を睨みつけていた。


そこでようやく、全てが雪白の嫌がらせだと気がついた。私が唖然としていれば、不思議そうに名前を呼ぶ三鷹の声が耳についてハッと我に返った。


「大丈夫か? ……顔色が悪い」


三鷹が不安げに私の頬に手を添えて、顔を覗き込んできた。私の胸は動揺でどくどくと大きく音を立てている。今、この行動は白雪を刺激させかねない。


「菊理さん、急にどうしたのかしら?」


先ほど見た顔が幻なのではないかというくらい、三鷹の背後から雪白が私に向けた顔は親しいものだった。

だから、私は信じたくない一心で訊ねてしまった。


「雪白……貴女は私を――」


言おうとした瞬間、雪白は無表情になり口元を手で覆い、その場に蹲ると苦しそうに呻いた。

異変に気づいた三鷹は、私から意識を直ぐに雪白へと向けた。


「雪白!? どうした!?」

「三鷹様……いつもの悪阻なのでお気になさらないで下さい」

「最近は落ち着いていたみたいだったが……無理をさせてしまったようだね。あちらで横になろう」

「す、すみません……迷惑をかけてしまい……」

「気にするな。――すまない菊理、独りで帰れるか?」

「あ、ああ。大丈夫だ。雪白を労ってやってくれ」


私は何が何だか分からなかったが、口についた言葉は気遣いであった。戸惑ったとしても、人の体調を優先できる優しい心が自分にあって良かった。


私は二人の後ろ姿を見送ってから家を後にした。

御子に何もないといい――。

雪白の心情よりもそちらの方が気掛かりで、私は祈るように屋敷を見上げてから帰路についた。


その日から一週間くらい経った頃に、雪白がこの間の詫びをしたいと三鷹からの誘いがあった。少し迷ったが、雪白の真意を知るために私は了承した。


家に訪れれば、雪白は元気そうでいつものように私に姉のような微笑みを向けて出迎えてくれた。

私から何かを訊ねればこの間のように体調を崩しかねないので、嫌がらせがあれば今日もって交流を絶つ心積もりだ。

特に問題なく御膳を振る舞われ、表面上は和気あいあいと会話に花が咲く。


「そうそう。今日お裁縫をしていたら針が欠けてしまいまして……探したんですがどこにも見当たらなかったんですよね」

「それは大変だ。気付かずに白雪が踏んでしまいかねないよ。僕が探すから、どこで折れたのか教えてくれるかい?」

「ええ。天気が良かったので、縁側で日向ぼっこをしながら、生まれてくる子に産着を拵えていました」


私は二人の夫婦の和やかな会話を流し聞きしながら、御膳をまじまじと観察する。見た目は特段、変な所はない。


一つ一つ、気をつけながら口に運び、南瓜の煮物を口に含むとガリっと何かを噛んで、舌で確認すればチリっと痛みが走り口内に鉄の臭いが充満した。

吐き出してみれば、銀色に光る小さな針の欠片が手のひらに転がった。


――この女!


怒りが湧き出て、雪白を睨めば彼女は気付いたのか困惑顔で首を傾げた。


「どうかしたの菊理さん? 私の料理が口に合わなかったかしら?」


……落ち着け、私。深呼吸して、淡々と真実を話すのだ。

私は怒りの感情をぶつけ過ぎないように、笑顔を浮かべて手のひらの針を差し出した。


「先ほど雪白さんが話していた針のことなんですが、料理に混じっておられましたよ?」


首を傾げれば、雪白は口を小さく開き、言われた事の意味を理解できていない振りをした後、慌てて手に持っている茶碗を置いて私の身を案じ始めた。


「た、大変! 怪我はしなかった!? もしかしたら、袖に入っていたのが料理に混ざってしまったのかもしれないわ……!」


……料理をする時はたすき掛けするもんでしょうが。しかも、南瓜の中に埋め込むという汚い手まで使っているのに白を通す気かこの女。

雪白は取り乱したように謝り続ける。


「本当にごめんなさい! 謝って済むものだとは思っていないのだけれど……っ!」


急に雪白は苦しげに口元を手で覆った。すると三鷹は急いで立ち上がり彼女の側へと寄り添う。


「大丈夫か雪白!? 無理はするな。お腹の子に障る」

「……ええ。三鷹様……ありがとうございます」


お腹の子供にはなんの罪もないが、母親は子供を盾に私に意地悪をしてくるこの状況。実に不快である。


だからといって流れて欲しいわけではなく、言いたいことも言えない現状にやきもきした気持ちを抱えてしまうといった私の心情を労ってほしい。


とはいえ、本当に雪白が体調が悪いなら強くは出られない。ため息を吐いて、針を持った手のひらを引っ込めた。


「舌がチクッとしただけなんでいいですよ。放っておけば治ります。三鷹は雪白を寝かせてやってくれ」

「本当にごめんなさいね……菊理さん……」


殊勝な言葉を口では言ってみたが、未だに血の味が口内に残っているので、腹立たしい。

この事件があってから完全に距離を取るようになったが、まさか雪白の方から関わってくるとは非常に面倒くさい。

二人の仲を引き裂く気はないので勝手によろしくやっていてほしいものだ。






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