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弐拾弐


――どれくらい眠っていたのか。


自ずと瞼を開けば、ぼやけた視界が徐々に鮮明さを取り戻し、温かな橙色の灯りが天井を照らしていた。


背中に柔らかい感触があり、顔を動かせば布団の上に寝ているようだ。

それから下を向き、重たい腕を少し持ち上げれば、鷲夜に傷をつけられた箇所に包帯が巻かれていた。


雪白の術で虫に噛まれた跡にも、塗り薬が塗られたのか、艶めいて見える。

私は視線を天井に向け、ぼんやりと記憶を辿る。

鷲夜に殺されそうになった後の記憶が曖昧だ。


――もう、何も考えたくもない。酷く疲れた。


これほどまでに、現実から逃避したいと思ったことはない。心身共に重たく、疲労困憊なのだから、そう考えてしまうのは無理もないだろう。


己の甘えた思考に寄りかかるように、再び眠ろうとすれば、襖が開く音がしてゆるりと顔を向けた。


そこには久方ぶりに会う三鷹が、盆を持って私を見下ろしていた。私と目が合うと、労るように優しい笑みを浮かべた。


「起きたんだね、菊理」


村里から出た時と変わらない表情、声音、雰囲気。

安堵していいはずなのに、私の瞳は揺らぎ、何かを探るように彼から目が離せない。

三鷹は私の側に歩むと腰を下ろし、盆を床に置いた。


「帰ってくるのに夢中で、喉が渇いているだろう? お茶を持ってきた。菊理のために冷ましておいたから、直ぐに飲めるよ」


三鷹は穏やかな口調で言葉を紡ぐと、私の上体に手を差し込み抱き起こす。

戸惑う私に、片腕で肩を抱いたまま、空いている手で湯呑みを取ると私の口元に運ぶ。


「さあ、飲んで」


気遣う瞳に見つめられ、私は躊躇いながらも湯呑みに目線を落とした。三鷹は私の唇に縁を当てる。


恐る恐る唇を開けば傾けられ、冷たいお茶が渇いた口を潤した。その瞬間、体がそれを欲していたことに気づいて、夢中で飲み干せば、三鷹が嬉しそうに笑う。


「ゆっくり飲むといい。菊理のために、おかわり用の急須も持ってきているからね」


慌てて飲んだせいか、唇の端からお茶が零れれば、三鷹は湯呑みを置いて、手拭いを取ると丁寧に拭いてくれた。

そして再び湯呑みを手に取り、飲ませてくれる。


――私が村里に帰った理由は、何かを確認しなければならないという衝動からだったが、それが何だったのか思い出せない。


部屋の行灯の明かりが揺らいで、微睡むような感覚の中、三鷹は独り言のように和やかに語りだした。


「村里を出た時、白山の滝に行くと言っていたから心配していたよ。――いや。正直、もう大丈夫という確信はあったから、そこまで心配はしてなかったかな」

「白山の滝……?」


どうして私はそんな所に……?

私が思い出すより先に、三鷹は困ったように苦笑してため息をついた。


「だけど、帰って来ないのは想定外だったよ。父親の汚名を晴らすという理由だけで、ここに留まっているのは分かっていたから、尚更気がかかりだったよ。――雪白を送って正解だった。」


そうだ。雪白が迎えに来てくれたのだ。しかし私は、独りで村里に戻ってきた。

ずきりと頭が痛み、顔を顰めれば、口から不思議な問いかけが零れた。


「三鷹は――三鷹なのか?」

「ああ。僕は僕だ。菊理のことが一番好きな、三鷹だよ」


三鷹は迷うことなく頷くと、湯呑みを置き、私を布団にそっと寝かせた。そしてそのまま隣に添い寝をするように横たわる。

三鷹は閉眼し、私のお腹に手を置くと、昔話でもするような口調で和やかに語りだした。


·

·

·


晴時が死んだことで、鷲夜は穢れ、精神に綻びが生まれた。

少年の形をしている妖の主――通り悪魔は、それを容易に利用できることを確信し、未だに晴時の遺体に執着している鷲夜を唆す。


「先ほど言っていたこの男の娘――菊理と言ったか。祓い人なのか?」

「……まだ見習いではあるが、そこそこ腕は立つ」

「へぇ……」


鷲夜程ではないが、自害した祓い人の身体がここまで清廉潔白なのは、通り悪魔にとって面白くなかった。


生前は後悔などなかったかもしれないが、死した後ならば、悔やませることが出来るかもしれない。

そう考え至った通り悪魔は、愉快げに笑みを浮かべ提案する。


「決めた。僕はその小娘に憑く」

「……!」

「晴時に憑くことは出来なかったが、その娘にならば憑くことが出来るだろう。さすれば、晴時の遺言、()()()()()()()()()()()()()()ことも成し遂げられるぞ」

「……そうか。その方法ならば、晴時を超えることが出来る……」


人の遺体を弄んで気が触れ、理性が吹き飛んだのか、晴時を見下ろしながら気の抜けた表情で誘いに乗ってきた。


通り悪魔の抱いている胸の中で赤子が泣く。あやすように揺らし、穏やかな口調で鷲夜に命令を下す。


「それじゃあ鷲夜、先ずはこの村の人々の穢れを祓おうか。()()()としての仕事を、終わらせなければな」


妖の甘い囁きに気付かずに、鷲夜は晴時から村人に体の向きを変えた。

妖が憑いた亡骸は通常血など出ない筈なのに、この村の妖たちはそれを流している者も見られた。鷲夜の穢れきった刀を見て、通り悪魔は満足気に微笑んだ。




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