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弐拾


憤りで、刀を持つ手は震えるほどに力が入り、沸騰した頭は理性を無くし、立ち上がった体は麻痺して痛みもない。

瞳は鷲夜以外何も捉えず、荒い息を吐き出しながら刀を構える。そんな私に、鷲夜は刀を下ろしたまま嘲笑う。


「己の体の限界も分からぬか。未熟者のまま死に行くとは憐れなものだな」

「例え体が限界を迎えようとも、お前の首を掻き切るまでは、今生に食らいついてやる!!」


憎悪の言葉を吐き出し、私は地を蹴った。

縁側に片手を突き、飛び越え鷲夜の体目掛けて刀を突き刺す。

が、涼しい顔で躱され、私の横腹に固いものが当たり吹き飛ばされ、壁にぶつかり体が床に落ちた。痛みはないのに小さく悲鳴が漏れ出る。


「かはっ……」

「良かったな。私の温情のおかげで、峰打ちで済んだ」


焦りなど一切なく、蝿でも追い払ったように鷲夜は穏やかな口調で言った。

私は唇を噛み締め、体に立ち上がるよう強く命令を送る。

肘の関節が頼りなく、折れ崩れそうになるが何度も力を入れ、眼光だけは鷲夜を捉え続ける。

鷲夜が先ほどの定位置のまま、私を見下ろしながら、呆れたようにため息をついた。


「無理をするな。もう足にも力が入らぬのだろう?」

「っ……!」

「ほう。どうやら声を上げることすら、ままならないらしい」


黙ったまま睨みつければ、鷲夜は顎を撫でながら感心した口調でせせら笑う。


――落ち着け……! 言葉を出すと体力を消耗する……!


売り文句を買わずに、私は唇を噛み締め立ち上がる。再び刀を中段に構えれば、鷲夜は相変わらず刀をまともに構えずに下ろしている。彼にとっては、余興に過ぎないのだろう。


しかし、それならば付け入る隙がある。

私は奮い立つために叫び声をあげながら、刀を振るった。鷲夜は舞でも踊るように躱していき、ピタリと止まった。


それを隙だと反射で判断し、刀を振り下ろせば、鷲夜はさっと避けた。そこに木の柱があり、刀が刺さる。ハッと鷲夜を見れば、卑下た笑みを浮かべる。


「空間すら把握できておらぬとは……! 娘の愚かさに、天国の晴時が嘆いているぞ!」


愉しそうに、脇下に刀をたたきつけられ、手から柄が離れて、支えられない体が呆気なく音を立てて倒れる。

喉から小さなうめき声を上げれば、畳が軋む音が聴こえる。影が落ち、力の入らない顔で目だけで見上げれば、鷲夜が私を見下ろしている。


「お前の唯一良いところは、死を直前にして、父親に似ていないところだな。――安心した。晴時はこの世にもう居ないのだと、改めて実感することが出来た」


酷く安堵した声だった。私は肺を上下に揺らし息をすることしか出来ない。

鷲夜が軽くふっと笑う。


「晴時は斬っても斬っても、刀が穢れることはなかったが、お前は綺麗に穢す事ができるだろうな」


言われて、左の腕に針で刺されたような痛みが走る。それから肘へと上り、皮膚が切れていく感覚で小さく呻けば冷たかった切っ先が離れた。


「やはり、簡単に穢れたか……!」


興奮の混じった歓喜だった。鷲夜は刀の切っ先を見つめ、悦んでいる。

私はそんな鷲夜を軽蔑の目で見つめると、整わない息遣いで、辿々しく最期の言葉を口にする。


「父がいなくなって、安心している、割には、お前は未だに、父に拘って、いるのだな……」

「ふ。娘が穢れ、妖の主に憑かれた遺体を祓えば、ようやく私は晴時を超えることが出来る。――約束を果たしたことで、感謝の謝辞すら言われるやもしれんな」

「減らず口を……!」


鷲夜は晴れやかな口調で軽口を叩く。勝利を核心しているのだろう。悔しくて瞳を固く閉じ、拳を握る。


この男は()()()であるのに、一矢報いてやる事も出来なかった……! 

しかも鷲夜の言う通り、今の私は神気を練られないくらいに精神は弱りきり、己の欲に支配されている。


思考は、向こう見ずな態度で挑んだことへの自責の念に駆られ、そして死しても尚、今生に留まりたいと強く願っている。


どうかこの男の命だけは、地獄に持っていかねばならない……!


私が穢れ切ったことを見抜いたように、鷲夜の言葉が上から愉快げに落ちてくる。


「父親の代わりに、妖の主にその身を捧げるがいい!」


――冷たい体に温かな雨が降ってきた。

目をゆっくり開ければ、血に染まった畳が見えて、横に崩れ行く鷲夜が音を立てて倒れた。


私は心身共に限界を迎え、視界がぼやけていけば誰かの白い足袋が見え、顔の前でしゃがんだ。顔を確認する前に眠るように意識が途絶えた。




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