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拾捌


すっかり辺りは暗闇に呑まれ、空には月と星が光っている。近くの茂みからはアオバズクのホゥホゥと鳴く声が聴こえてくる。


意気込んでいるのは気持ちだけで、体は悲鳴を上げ続け、呼吸も整わずふらふらの足で村里が見えれば、何か違和感を感じる。


村里が――異様に暗い。


そう気づいてしまうと、疲れた足がもつれ、膝から倒れては地面に両手を突いた。

肩で息をして、体中が痛みだし、諦めてしまえと叫び訴えてくる。


頭は上手く働かないが、前方から感じるゾワゾワとした嫌な感覚が肌に纏わりついてきて、弱った心体に追い打ちをかけられているようで、心底辛い。


しかし、行かなければならない。

雪白の言葉、鷲夜の不始末、三鷹の言動。

これら全ての原因が、もしも妖のせいであるなら――私は祓わなければならない。


歯を食いしばり、地面についた手のひらの力を確認するように、拳を作るが上手く力が入らない。


息づく空気を喉を鳴らし呑み込み、私はゆっくりと足裏に力を入れて立ち上がる。

気を抜けば、膝が折れそうになる足を跛行して村里に向かった。


灯籠で仕切られた村里の入り口に、足を踏み入れれば、黒い靄が辺りを漂い、穢れが充満している。

私は己の未熟さをまざまざと見せつけられ、唇を噛み締めた。


……どうして今まで気付かなかったのか。村里を出る前は本当に何も気付いていなかった。

――いや、今までも祓い人の仕事で数日留守にしていたことはあった。しかし、そのときすら何も思わなかった。


『何故気付かない――!』


雪白の責め立てる声が蘇り、戒めのように胸を締め付ける。

今思えば、私も穢れの影響を受けていたのだろう。


和泉が最初に治療していた時に言っていた、私の穢れは、元来のものと狼に憑いた妖からのものではなかった。


だとしたら――いつから?


項垂れながら、ふと湧いた疑問を考察することを放棄したいと思うのは、疲れているせいなのかもしれない。


住居が立ち並ぶ場所を歩けば、明かりのついた民家があるにも拘らず、人の話し声が聞こえず静まり返っている。


私は無意識に刀の柄に手を添える。

すると、岩山の廃村の出来事を再現しているかのように、家屋の扉が開き村人が出てくる。


違うことと言えば、亡骸に妖が憑いているのではなく、生きている人であり、穢れで正気を失っているだけということだ。


人々は手に棒や斧などを持って私を睨みつけ、口々に詰り始める。


「何が父親の汚名を晴らす、だ! やはりお前も心の中では、自分の父親が裏切ったと思って逃げたのだろう!?」

「貴女も父親と同じで、私達のことなんてどうでも良いと思っているのでしょう!? 見捨てることなんて造作もないのでしょうね!?」

「お前が戻って来ない間、俺が皆から責められた……! 白山になど拘らず、初めからこの地の清め場を使えば良かったのに……!」


私など必要ないもののように扱っていたのに、今の彼らは私が居なくなったことを非難している。


勝手な言い分に、苛立ちそうになるが、彼らの憎悪は穢れからの影響だ。冷静にならなければならない。


祓えば、祓ってしまえば正常に戻るはずだ。

だが、しかし――本当に? 

祓えば彼らは父が亡くなる前の頃のように戻ってくれるのだろうか? 

これは本当に穢れから来ている感情なのか? 真の言葉なのではないか?


気を確かに保たなければならないのに、心の中で渦巻く不安や焦燥、疑惑が思考と精神を阻害する。

柄に添えた右手の指が、握るのを迷うように揺れ動く。


その間に、背後からも草履と地面が擦れる音が聴こえ、囲まれていることに気づいた。

追い込まれた私は、刀を抜いて峰打ちに持ち替え、中段に構える。


到底神気を練られる精神状態ではなかった。

ならば武器を打ち落とし、戦意喪失を狙うしかない。

私が刀を構えれば、村人たちはますます憎悪を募らせる。


「父親と同じで俺たちを殺す気だ!」

「なんて非道な!」

「情けを掛けて村に置いてやっていたのに、恩知らずめが!」

「違う! お前たちは――」


妖に惑わされている、と発しようとして躊躇った。そして駄々をこねるように、頭が叫ぶ。


私には見えない……! 何も分からない……! 


そして気が触れているのは、彼らの言う通り自分の方なのではないのか、と疑念が渦巻いた。


そうだ。それなら、村里に出る前の私に戻る事が出来る。これ以上、現実と向き合わなくて済む。何も気付かなくていい。


――私は、何を言っているのだ……?


一瞬喜んだ自分に、何かが心の奥底で訝しげにポツリと呟いた。


いつの間にか遠のいていた意識が引き戻されて、ハッとすれば男が私の頭上に棒を振りかざしている。反射で刀で受け止め、押し返す。


それを皮切りに、次々と人が襲い掛かる。身を避ければ、次の攻撃が来て、躱す。

動きは速くはないが、人数が多すぎる。今は逃げたほうが賢明だろう。


そう判断した私は、人々の隙間を視認し攻撃を刀で受け流し、地面を蹴る。

しかし、体が限界を迎えていたことを忘れていた。


疲れが祟っている足が躓き、支えるための足さえ踏み出せずに倒れれば、すかさず村人たちが私の体を拘束し、地面に押しつけられる。


「うっ――!」


顔面の直撃は横を向き避けられたが、体に圧をかけられ起き上がることが出来なかった。

すると、前方から足音がゆっくりと近づいてきて、目の前で止まった。


「よもや村人に襲い掛かろうとは……。やはり、裏切り者の父親の血が流れていると言うことか」

「鷲夜……!」


声で鷲夜だと認識すると、私は怒りが込み上がってきて顔を上げようとしたが、頭を後ろから掴まれ地面に引き戻された。


血が昇った頭で痛覚は麻痺し、湧き上がる衝動のままに叫び問う。


「岩山の清め祓いを怠ったのは何故だ!? お前は本当に妖を祓ったのか!? 父は本当に私のために死を選んだのか!?」

「――どうやら、穢れで常軌を逸しているようだ。縛って、屋敷に連れて来い」


手から刀を奪われ、腕、上体を縄で締め上げられ無理やり立たされれば、男二人の手で鷲夜の後を引き摺られるように連れて行かれる。


本堂に着けば、庭先に罪人のように座らされ、開いた雨戸の縁側に奉行とでも言うかのように鷲夜が立って私を見下ろしている。


鷲夜は私と同行した男たちに「下がれ」と命令すると、男たちは私から離れ去っていった。


顔を上げ睨みつければ、意にも介さないように鷲夜は小馬鹿にして鼻で笑う。 


やはり妖の主が彼には憑いているのだろう。

ここで興奮してしまえば相手の思う壺だ。


ただでさえ上手く神気を練ることが出来ない状況に陥っている。

このままでは穢れで本当に正気を失いかねない。


私は結論を急く思いを抑え、核心には触れずに落ち着いて鷲夜に問いかける。


「四年前、何があった?」


鷲夜の目をじっと見つめれば、彼は可笑しそうにふっと笑みを浮かべて私を見下ろした。




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