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拾肆


次の日、早朝に訪れる老人、六郎さんに出掛けることを伝えてから出立した。

道中、色んな話をしながら先へ進む。


「和泉はずっと集落で暮らしていたのか?」

「いや。集落は七歳まで暮らし、その後、父と共に修験道の為、各地の山を巡っていた。それから都の院に入り神仏を習い、祓い人として都に身を置き、放浪し、ニ年前に集落に戻ってきた」

「激動の人生だな。両親はいつお亡くなりに?」

「母は俺と父が修験道中に、流行り病で亡くなり、父は俺が院に居るときだな。北の地で山の怒りを買ったらしい」

「そうだったのか……。人はいつ亡くなるか分からないものだな」

「それでも相見えることは出来る」


声音が沈んでしまった私に、和泉は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、軽快な口調で言ってのけた。

私が虚を突かれた表情で和泉の顔を見つめれば、彼は同意を求めるように目を細める。私は自ずと頬が緩んだ。


妖の主が封印されていた洞窟は、西の岩山で集落から四里(約十五キロ)程離れている。


その昔、人の正気を奪ってしまう妖がいた。亡骸に憑かずとも、人をそそのかし、まやかしを魅せて惑わせ、最後には命までも奪う。


それは憑かれた人だけに留まらず、周りの者達にも被害が及ぶもので。妖の穢れに取り憑かれた者が乱心し、人々に恐怖を与え、殺し回り、妖の穢れが伝染るという悪循環が生まれていた。


初めは近くの村が犠牲になっていたが、その者たちは妖に操られ、普段通りの生活を送っていた。


そうして罠を張っていたのだ。

妖が憑こう求めたのは力の強い者。それは権力者でも祓い人の、どちらでも良かったらしい。

妖が徐々に穢れを広めていれば、次第に人々から妖の主と恐れられるようになっていった。


被害の拡大を危ぶんだ昔の城主が、遂に上位の刀術士と術士達を派遣した。

結果は、広がっていた穢れは徐々に祓われていき、追い込まれた妖の主は西の岩山の洞窟へと逃げ、封印された。


その当時、祓うことではなく封印という形を取ったのは、妖が取り憑いていたのが要人だったとか、本当は追い詰められていたのは祓い人の方とか謂れている。史実は定かではないが、それが妖の主の伝承だ。


岩山には昼時に到着した。

妖の主が封印されていたという、洞窟の入り口には、劣化したしめ縄が千切れて落ちていた。


これが原因で妖の主が現れたということか。

今まで足を運ぶことがなかったが、改めて来てみると色々と気付くことが多そうだ。


洞窟内に足を踏み入れれば、後をついてきた和泉の足が止まる音がして、不可解そうに声をかけてきた。


「お前の村では清め祓いはしていないのか?」

「え?」

「この洞窟、穢れが残っているぞ」


和泉に言われ、私は洞窟内を見回した。

確かに角に残っているほこりのように、所々に穢れを感じる。

私は顎に手を添えて記憶を辿るが、数日間寝込んでいたのではっきりとは答えられない。


「清め祓いはしていると思うんだが……私も父のことで頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかったな……」


和泉は顎を撫でながら洞窟内を見回し、心底呆れているため息をつくと、嫌悪が滲んだ表情で言葉を吐く。


「これで清め祓いしてるなんて、よく言えるな。あまりにも杜撰すぎる。ここに居た主が蘇りかねないぞ」


連帯責任を感じ、耳が痛い。

居た堪れない気持ちになり顔を俯かせるが、和泉は気にした素振りも見せずに、歩いて岩壁などを観察すると息をついた。


「……仕方ない。面倒だが、祓っててやるか。――菊理、手伝え。一度集落に戻って、米と水と塩と酒を調達してこい。俺は残留してる穢れを祓っておく」

「分かった」


集落まで往復で約八里あるが、関係のない和泉に後始末をしてもらうのだ。文句を言うどころか、寧ろ感謝するべきことだ。


私は迷いなく走って、集落に向かった。

道中休みながらも着けば、家にある酒が足らなかったので、他の必要なものを調達してから、酒屋を訪ねた。


奥方に事情を話せば、呆気にとられた後に、信じられないものでも見るように目を丸くして、叫ばれた。


「はあ!? 岩山からここまで、和泉が取りに行かせたのかい!?」

「はい。受け取り次第、直ぐに向います」

「この暑い中を走って……しかも往復かい?」

「休み休み走ってますので、心配しなくても大丈夫ですよ」

「……他人に無理をさせるような、性格じゃないと思うんだけどねぇ」


独り言をぼやきながらも、奥方は徳利に酒を入れて私に手渡した。

彼女は頬に手を当てながら、不安そうな表情を浮かべて私を眺める。


「少し休んでいったほうが、いいんじゃないかい?」

「いえ。妖の主が穢れを残しているなら、早めに対処しておきたいので、気持ちだけ有り難く受け取ります」

「道中の水もちゃんと補充しておくんだよ」

「気遣い、ありがとうございます!」


明るくお礼を言って、私は集落を後にした。

途中途中、休憩を挟みながら岩山に戻った。


既に洞窟内の穢れは祓われていて、和泉は私から供え物を受け取ると、用意していた平らな石の祭壇に並べた。


和泉は合掌し、祓詞を唱える。私もそれに倣い、神に祈りを捧げた。


夕方になり、私たちは帰路につくことにした。

和泉は気負っていた態度を崩すと、意気揚々と言葉を発する。


「取り敢えず、これで良いだろう。また後日、神主に正式な儀式の依頼を掛けることにしよう」

「私の村里の不始末のせいで、面倒をかけてしまってすまなかったな」

「それはお互い様であろう? これに関しては菊理も巻き込まれた側だ。気にするな」


和泉は軽く笑って、励ましてくれる。

結局、父の死に繋がる手掛かりを見つけるまでには至らなかったが、洞窟内に残っていた穢れを祓えただけでも良かった。


穢れ――。

私はふと、鷲夜の話を思い出すと歩んでいた足を止めた。


「そう言えば、近くにあった村はどうなったのだろう?」

「村か?」

「ああ。鷲夜が言うには、村人に穢れが取り憑いて、仕事の邪魔をされたらしい」


恐らく、その人たちも祓われたと思うが、村自体の清め払いもしていない場合もあり得るのかもしれない。

私の言葉に、和泉は顎に手をやり厳しい表情で呟く。


「……もしやとは思うが……いや。あれだけ粗雑な事後処理ならば、妥当な考えか。――菊理、村の場所は分かるか?」

「自信はないが、だいたいの心当たりはある」

「案内しろ」

「分かった」


岩山を下り、雑木林に入ると微かに道が残っている場所を見つけ、そこを歩いていく。人が通っている気配はないので、きっと廃村になっているのだろう。


段々と歩みを進めるごとに、異様な空気が漂うのを感じとれば、和泉が無言で私を腕で後ろに押しやった。


和泉が小さく呪文を唱えながら、先行く後に付いて行けば、彼の足が止まる。彼の背の横から前方を覗き見て、私は絶句した。


その一帯、木が、土壌が、家屋が全て穢れている。湿度が高く木の軒は黒く濡れ、地面はぬかるみ、青臭さと腐った臭いが混じり合い、夕暮れの光が差し込んでいる筈なのに、村だった場所は暗黒に呑まれているようだった。


先ほどの洞窟よりも穢れが酷く、私が呆然と佇んでいれば、和泉が前方を見つめたまま鼻で笑う。


「確か、名主が訪れたのは、四年前の話だったか」


私に確認するというよりは、言葉を噛みしめるような言い方で空気が張り詰める。


――和泉は怒っている。

分かりやすくせせら笑うように、軽蔑の口調を発しているが、纏う雰囲気は氷のように冷たい。

触れてしまえば業火のように燃え上がり、触れてしまった者の身を、焼き尽くしてしまいそうな、静かな怒りを彼は抱いている。


それから和泉は無言で歩き始め、私は緊張しながら後に続いた。

家屋が立ち並ぶのが視界に入れば、和泉と私の足が同時に止まる。


――見られている。


腰に携えた柄に左手を添え、私は和泉の前に出た。戦う意思に応えるように、入り口が開いている家屋から、人の亡骸に取り憑いた妖が次々と出てきた。


鷲夜は全てを祓っていなかったということか……!


あまりにも杜撰な鷲夜の仕事振りに、苛立ちを覚えると同時に、目の前の村民たちに申し訳なさを感じて悼む。


刀を抜き、神気を流し中段に構え、襲いかかってくる妖の動きと距離を測るが、突然時が止まるようにぴたりと妖の動きが止まった。


驚くも、目を凝らせば微かに光る五色の糸が周囲に張り巡らせられ、妖たちの体に巻き付いていた。私は振り返ると、息を呑む。


和泉は目を据わらせて妖を映していた。そして低く、感情がない声音で、唸るように言葉を発した。


「今の俺は頗る(すこぶる)機嫌が悪い。出てきたことを後悔しろ」


吐き捨てた瞬間、妖たちに絡まった糸術が青い炎を纏い、焼き尽くすように妖に移ると、崩れるように地面に倒れ伏した。


私は起きたことに目を見張りながらも、和泉に視線を向ける。彼の垂れ下がっている手は印を結んでいた。


私は臨戦態勢を解き、刀を持つ手を下ろすと、視線を亡骸に戻し、朽ちていく様を見つめる。


この人たちの亡骸が、妖たちに弄ばれていたのが四年前からだとすると、なんて残酷で哀れなことをしてしまったのだろう。

鷲夜には止められていたが、それを振り切ってでも、ここに来るべきだった。


悲痛に顔を歪め悔恨していれば、和泉の鋭い声が飛んできた。


「菊理。お前は集落に戻れ。俺は今から白山の霊水を汲みに行く」

「え?」

「お前は一度往復している。これ以上無理をさせることは出来ない。約束の期限は過ぎるが、村里には戻らず、集落で俺の帰りを待っていろ」


言うなり和泉は私に背を向けて歩き始めた。

私は刀を収めると慌てて彼の後を追い、腕を掴んで行く手を阻む。

振り返り冷たい目で見下ろされるが、そんなことはどうでも良い。


「私も行く! この惨状を見た以上、黙って待っているだけなんて出来はしない! 村里の不始末を憂う気持ちとは関係なしに、私の意思で弔いたいんだ!」

「分かっているのか? 今から白山に向かうのだぞ? よく考えろ。正気の沙汰ではないことは、その疲れ切った体なら、すぐに分かるはずだ」


顔を顰めて丁寧に説かれるが、私は引くことなく、和泉の瞳を真摯に見つめ返し、掴む腕に力を入れて、落ち着きを払った口調で言葉を紡ぐ。


「途中で足手まといになるなら、置いて行っても構わない。和泉は私のことなんて気にせず、歩き続ければいい。私はただそれに付いて行くだけだ」


私が和泉の瞳から逸らさず真っ直ぐ、真摯な感情をぶつければ、彼の目が驚くように見開いた。

見つめ合っていれば、和泉は呆れたようにふっと息を漏らし、穏やかに笑った。


「分かった。良いだろう。しかし、行くのは今からではなく明日(あす)にする」

「え?」


私が戸惑うように声を上げれば、和泉は可笑しそうに笑みを浮かべて肩を竦めると、緩やかに理由を口にした。


「急いだところで、着くのに誤差の違いだ。ならば、気楽に行くほうが、道中怪我も少なくて済むだろう。――しかし、今日はもう遅い。ここで休むことは出来ないが、集落までの道にあった小屋で夜を明かすとしよう」

「私のことを気にしなくても、まだ歩けるぞ」

「俺が疲れた。久方ぶりに肩に力が入って、体が痛くて叶わない。だから菊理、俺のために休め」


和泉はため息をつきながら、此れ見よがしに手を置いた自身の肩をぐるりと回した。

いつもの調子で言われてしまえば、何も言えなくなり失笑してしまう。


「分かった。ありがとう和泉」

「どうしてそこで礼がでる。おかしなやつだ」


和泉は楽しそうにふっと笑った。





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