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拾壱



歳が五十くらいの男を先頭に、訝しげにジロジロと見定められた私は、不快に思われないよう背筋を伸ばし、姿勢を正すと挨拶を口にする。


「お初にお目にかかります。私の名は、菊理と申します。和泉さんには危ないところを助けて貰い、御礼として数日の間、仕事の手伝いを引き受けました。短い間ですが、何卒よろしくお願いします」


はきはきとした口調で言い切り、私は深々と頭を下げる。集落の人たちがどういう印象を受けたのか、どきどきしながら上体を起こせば、先頭の男性が、探るような目つきで私に問いかける。


「……今、助けられたと言ったな?」

「は、はい」

「嬢ちゃん、それはな、和泉の常套手段だ。つまり、君は騙されているんだ」

「え? あ、いや。騙されてなど――」

「和泉ぃ! ふらりと姿を消したと思ったら、こんな若い娘を拐かして家に連れ込んで、一体全体どういうつもりだ!?」

「そうよ! 女はもう抱かないんじゃなかったの! このすけこまし!」

「村の女に手を出すのを止めたと思えばこれだ! しかもこんな若い娘にまで手を出して、本当に見境がないな! 身を固める気がないなら、大人しく医者業だけこなしておけ!」


私のことなどもう見えていないかのように、人々は怒りを顕にした表情を浮かべ、玄関の敷居の間際まで押しかけている。


どうすればいいのかと戸惑いながらも、無意識には進行を止めようと、両手を前に掲げてはいる。

しかし、彼らの勢いの前には、ほとんど意味をなさない気がしてしまう。


「……帰って早々、五月蝿い連中だ。よく見ろ、こんな青臭い女に俺が手を出すと思うか?」


和泉の気怠げな声に振り向けば、着崩れた格好のまま私の後ろに立ち、眠気眼で頭を掻いていた。

先頭の男が顔を赤くして怒鳴りつける。


「開けた姿を曝しながら、何を抜かしている! こんな真面目な娘を誑かすために家を空けていたのか!? 二十七になっても、ほっつき歩く癖は治らんな!」

「お前こそ何を見ている。俺はいつもこうだ。それに、家を空けていたのは、薬草採りに出掛けていただけだ」

「ほーう。随分と瑞々しい薬草だのう」

「ジジイ……言わせておけば好き勝手に言いおって……。胃腸の調子が悪いと言っていたから、気に掛けてやったというのに……どうやら骨折り損だったようだな」

「そうかそうか! そいつは助かった! それで、薬は何処だ?」


男は手のひらを返したように、愛想よく顔を緩ませ機嫌が良くなった。和泉は辟易した様子で顔を歪めながら「調子のいいジジイだ」と小さく毒づいていた。


それから、成り行きのままに人が次から次へと意見してくるので、和泉はため息をつき観念したように診療を始めた。


その間、私は外で二十代くらいの女衆に、値踏みするように取り囲まれては、どういう経緯で知り合ったのかを詰め寄られた。


これまでの出来事を包み隠さず説明すれば、懐疑的な目を向けられたが、他に話すこともなく困ったように笑みを浮かべ続けていれば、不承不承ながらも納得してくれた。


夕暮れ時になっても人は引かず、星が出始めてようやく帰って行った。

皆最後に一言「手を出すな」と言い残して去っていくので、和泉は飽き飽きしたのか半目で見送っていた。


扉に心張り棒を掛けると、和泉は畳の上に脱力して寝転がった。

私は一度帰った人たちが、家から持ってきた野菜を分けてくれた籠を両手に持ちながら、和泉に声をかける。


「和泉はやっぱり慕われていたな。食材まで置いていってくれて、優しい人たちだ」

「お前、何を見ていた……? 殆どが下らぬ説教で、無理やりにでもお前を止めなかったことを心底後悔したぞ」

「そんなに照れなくても、私はからかいはしない。和泉は人に囲まれて当然の人なのだ。私は、それを目にすることができて凄く嬉しい」

「……その澄んだ瞳は、白山の滝に打たれたせいか? 清めすぎるのも考えものだな」


呆れ目でいくら憎まれ口を叩こうが、和泉の人柄の良さが揺らぐことはない。

私は返事も返さずふっと笑いかけてから、夕餉作りに取り掛かった。



次の日、日の出とともに起きると私は身支度を整えて井戸に水を汲みに行き、朝餉の準備に取り掛かる。


私が動いていても、和泉は起きる様子もなく寝息をたてている。

食事の用意ができると和泉を起こし、布団をたたみ、神棚の供え物を取り換え、御膳を出した。


和泉はまだ眠いようで大きな欠伸をしながら、箸を手に取った。二人で黙々と食事をとっていれば、戸を叩く音が鳴り響いた。


「和泉。来客だ」


私が箸を置いて立ち上がろうとすると、和泉は鋭い口調で「待て」と発した。

私は立ち上がるのをやめ、和泉の方を見れば、茶碗を持ちながら至極真剣な面持ちで私を見据えている。そして箸で私を指して、口を開く。


「菊理。先に言っておくが、診療の時間はその日によって俺が決めている。今日は……だいたい昼以降からだな。だから、今来てるやつは追い返しとけ」


和泉は素っ気なく言い放つと、食事を掻き込み食べ終わり、来客が来ているにも拘らずごろりと横に転がった。


私は納得がいかず和泉を見つめていたが、決心がつき力強く頷いた。立ち上がり、自分と和泉の御膳を下げると玄関の戸を開けた。

すかさず、寝転んでいる和泉から非難の声が飛んでくる。


「菊理! 何をする!?」

「和泉! 折角集落の人たちが、こんなにも和泉のことを頼ってくれているんだ! 幸せなことではないか! それなのに自ら評判を下げようとするなんて、悲しいことをするな!」

「……俺はまったく悲しくないが」

「和泉! 私は恩人が悪く言われるなんて、耐えられないのだ! ……もしや、診療時間を決めていないのは、やむを得ない事情でもあるのか?」

「ない。俺が午前は眠いから決めてないだけだ」


和泉は真顔で即答した。

あまりにも声音が真剣そのものだったので、私は事情があるのだと勘違いしそうになった。

が、言われた言葉を反芻してようやく何を言われたか気付き、驚きの声を上げる。


「まさか、ただの怠惰だと言うのか!?」

「そうだ」

「――ならば話は簡単だ。日の出とともに起き、座禅を組むといい! 私が助警を務めよう。警策は――なさそうだから箒でいいな」


私は柱にぶら下がっていた箒を両手に取ると、和泉に向き合った。

和泉は身の危険を感じたように勢いよくガバリと体を起こして、私を驚愕の瞳で見つめる。


「な!? 待て菊理! お前は俺のことを買いかぶり過ぎている! 俺はただのだらしない、しがない男なのだ! 座禅するためだけに早朝に起きるなどという、徳の高い人間ではない!」


待ったをかけるように手を差し伸べて、慌てた様子で慎ましいことを言い出した。私はそんな謙遜をする和泉に、安心させるように微笑む。


「和泉、大丈夫だ。私は会って数日しか経っていないが、貴方が人格者であることは、十分理解しているつもりだ」

「いーや。お前は何も分かっていない! もっと俺をよく見ろ! こんな服も正さない男が、まともなわけがないだろう!?」

「きっと座禅を組めば頭も心もすっきりして、診療をしたくなるはずだ。――さあ、和泉。座禅を組め! 組めば和泉ほどの実力者なら、直ぐに悟りを開けるはずだ」

「い、嫌だ! ここで折れれば、お前はここにいる間、俺にそれを強要するつもりだろう!?」

「あい分かった。助警をするとしよう」

「本気か……? いや、本気だな!? やめろ菊理! それは絶対に痛いやつだ!」


私は心を鬼にして箒を構え、真摯な瞳で和泉を捉えるとじりじりと歩み寄った。

和泉は腰が抜けたように後退していくが、壁に行き詰まった。

狙いを定め、振り下ろせば横に交わされる。

が、視界に映った尻を三度ほど叩けば和泉は慌てて降参し、渋々と座禅を組んだ。


「厄介な娘を拾ってしまったものだ……」

「雑念……!」


和泉が閉眼したまま何かをぼやいたので、私はすかさず彼の肩を箒で叩いた。

すると、土間に立って様子を眺めていた老齢の男が顎を撫でながら、感心したように和泉に声かける。


「ほう。和泉、いい娘を拾ったな」

「ほっとけ」

「雑念!」


拗ねた声音で答える和泉に、私は再び箒を下ろした。






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