保健室の不思議事件
学校には、たくさんの「ふつう」がある。
教室で学び、校庭で遊び、チャイムで時間を知る。
でも——本当に、それだけだろうか?
誰もいないはずの保健室で、誰かがあなたを呼んでいたら?
静かな廊下の奥から、不思議な声が聞こえたら?
それでも、あなたは「ふつうの毎日」と言い切れるだろうか。
この物語は、小さな学校の、小さな不思議。
勇気ある子どもたちが、静かな昼休みに出会った「誰か」の物語。
怖いかもしれない。
でも、逃げないで——
その向こうには、きっと、あなたの知らない優しさが待っているから。
第一章 昼休みの謎
キーンコーンカーンコーン……
昼休みを告げるチャイムが鳴り響くと、教室は一気にざわめき出した。友達と遊びに行く子、お弁当を広げる子、本を読む子。みんなそれぞれの時間を楽しむ中で、氷川 蓮は静かに席を立った。
「……ちょっと、頭が痛いんだ」
そう小さく呟き、蓮は誰にも気づかれないように教室を出た。向かう先は、保健室。昼休みの今なら、誰もいないはず——そう思っていた。
しかし、保健室の前まで来ると、扉の向こうから「カタン……カタン……」という不自然な音が聞こえてきた。
「誰か……いる?」
蓮は一瞬迷った。もしかして、先に誰かが休んでいるのか? それとも、先生が整理でもしているのか? だが、朝の先生の話を思い出す。
『今日は保健の先生、お休みだから、保健室は自由に使っていいけど、薬とかには触らないようにね』
先生はいない。なら、この音は……?
ゴクリと唾を飲み込み、蓮は静かにドアを開けた。
……誰も、いない。
昼下がりの保健室には、日差しがカーテン越しに射し込み、ぼんやりとした光が漂っていた。窓は閉まっているし、風もない。それなのに、薬棚の扉が「カタン……カタン……」と、勝手に揺れていた。
「……おかしい、誰もいないのに」
蓮はゆっくりと室内を歩き、薬棚に近づいた。恐る恐る手を伸ばし、扉をしっかりと閉める。
その瞬間——
プルルルルル……
無人の保健室に、突然電話のベルが鳴り響いた。
「……!」
保健室の電話。誰もいないはずなのに、誰から?
恐る恐る受話器を取る。
「……はい、保健室です」
しかし、返ってきたのは……
『……返して……』
かすれた、誰とも知れぬ少女の声だった。
「えっ、返すって……何を?」
だが、すぐにツーッ……と無機質な音だけが残った。
蓮は、ゾクリと背筋が冷たくなるのを感じた。
——これは、ただの体調不良どころじゃない。
何かが、ここで起きている。
蓮は決意した。友人たちに相談し、この保健室に隠された謎を解き明かすことを。
(続く)
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第二章 友と共に
午後の授業が終わったあと、氷川 蓮は親友の 真鍋 陽翔 と 秋山 咲良 に話をした。
「……電話から“返して”って声が聞こえたんだ」
蓮の話に、陽翔は苦笑しながら首を振った。
「お前、昼寝しすぎて夢見たんじゃないの?」
「本当だってば!」
一方、咲良は静かに呟いた。
「……保健室で、“返して”って……なんか、心当たりあるかも」
二人の視線が集まる。
咲良はおそるおそる語り出した。
「実はね、この学校には昔、『保健室の鏡』に閉じ込められた女の子の話があるの。10年前、薬棚の奥にある大きな鏡に……」
陽翔が半信半疑で言う。
「おいおい、またそういう怪談話かよ」
「でも、気になるんだよね……蓮の話と、ちょっと似てるし」
三人は放課後、誰もいない保健室に再び向かった。
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第三章 鏡の秘密
薬棚の裏側を調べると、埃まみれの鏡があった。
鏡をふくと、蓮の顔がぼんやりと映る。そのとき——
スッ……
蓮の背後に、白いワンピースを着た少女の姿が映った。
「っ!」
振り向いても、誰もいない。しかし鏡の中には、じっとこちらを見つめる少女の瞳。
「か……返して……」
再び、あの声が響いた。
咲良が震えながらも声をかける。
「あなたが……返してほしいのは、何?」
少女の唇が、かすかに動いた。
「……日記帳……私の、宝物……」
日記帳?
蓮は気づいた。保健室の古い引き出しの奥に、誰も触れていないノートがあったはずだ。
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第四章 少女の願い
三人は引き出しを探し、埃にまみれたピンク色の日記帳を見つけた。
開いてみると、「夏休みまでに元気になる」「お友達ともっと遊ぶ」といった、当時の小学生らしい夢が書かれていた。
「きっと、この子……病気だったんだね」
咲良がそっとつぶやいた。
蓮は鏡に向かって、日記帳を差し出した。
「これが……君の、大切なもの?」
すると、鏡の中の少女は初めて、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
「ありがとう……」
ふわりと風が吹き、鏡から少女の姿が消える。その瞬間、薬棚の扉も静かになり、部屋全体が静けさに包まれた。
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最終章 静かな保健室
翌日から、保健室の不思議な音や電話は一切なくなった。
蓮は、休み時間にふと鏡を覗き込む。そこにはもう、少女の姿は映っていなかった。
咲良が微笑む。
「きっと、安心して眠れたんだよ」
陽翔も、照れくさそうに言う。
「……ま、俺たち、いいことしたってことか?」
三人は顔を見合わせ、静かに笑い合った。
保健室には、ただ穏やかな陽射しだけが差し込んでいた。
——それでも、時々、鏡の奥から小さな声が聞こえることがあるという。
『ありがとう』
(完)
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この物語を読んでくれてありがとう。
誰も気づかない小さな場所にも、誰かの大切な思い出が隠れていることがある。
時には、不思議な出来事も、寂しい心の叫びかもしれない。
蓮たちのように、勇気を持って向き合うことで、見えなかった真実が見えてくる。
もし君のまわりで何か気になることがあったら、どうか逃げずに、しっかり見つめてほしい。
学校という場所は、ただの建物じゃない。
そこには、みんなの物語が息づいているのだから。
またいつか、別の不思議な場所で、君と出会えることを願って。




