hot heart story・・・006 最終話 めぐる命
それから春の暮らしには確かに変化があった。コトが来てから朝は早くなった。昼も歩くようになった。夜は家の中があたたかく感じられるようになった。
誰かのための食事を作るでもない、話すわけでもないけれど、ただ傍にいることでこんなにも満たされるものなのかと心が育っていた。
陽は毎日のように実感していた。
不思議なことに薬の副作用はいまだに出ていなく、体調は良好だ。主治医も驚くほどだ。
「ほんとに稀に奇跡のように回復があります」医師の言葉はどこか半信半疑をにおわせていた。
あの日クロの姿が消えてから何かが変わっていたのだ。数日の中で言葉も約束なかったのに、クロは命で伝えてくれた。
"やさしさって、こうやって渡していくものなんだな・・・"散歩途中、公園のベンチで陽はつぶやいた。
コトは足元で丸くなっている。
すぐ隣のベンチでは小さな男の子が、膝をさすって泣いていた。転んだのだろうな・・・
その時、コトが立ち上がり男の子の方へ近づいていった。
「コト、急に近づいたらダメだよ・・・」
けれど、コトはそっと鼻先を男の子の手に触れた。男の子は驚いたように涙を止め、そっとコトの身体を撫でた。
「わんちゃん、かわいい・・・あったかいね」
男の子はにっこり笑って、泣いていたことを忘れたかのようだった。
その夜陽は久しぶりにアルバムを開いた。小さい時飼っていた犬の写真、旅先で出会った猫、クロの写真は、ない。写真はないけど、ずっと心に、焼き付いている。
クロの記憶は消えることはない。
陽はコトの頭を撫でながら、思った。
「もう、一人じゃない、これからもずっと・・・」
小さな命が自分をここまで導いてくれた。だから、今度は自分がそのやさしさを誰かに渡す番だ。
風が吹いて、どこか遠くからクロの足音が聞こえた気がした。見守ってくれてるのかな・・・
あの黒い目で、今も変わらずに・・・。
『3つの誓い』に込めたもの。
この物語は、ある日「助けた犬がいなくなる」という場面からはじまる。
物語が進むにつれ、単なる一人と一匹の出会いではなく、命と命が交差し心を通わせる。
タイトルに込めた"3つの誓い"はそれぞれの意味を持つ
一つ目は「天地との誓い」生きるとは何か、与えられた時間をどう使い、どう終えるのか。
二つ目は「動物たちの誓い」言葉は無くても、心は通じる。苦しみも悲しみも温かさも、目に見えないものを、信じる、ということ。
陽・クロ・コトの関係が、それを証明。
三つ目は「人との誓い」助けられたやさしさは、また誰かを助ける手に変わる。陽が男の子に出会った場面のように小さな抜ぬくもりが連鎖していくことを信じる誓い。
この作品を通じて、何も持っていなくても、「命を大切に思う心」は誰でも平等に持っていることを、伝えたい。
事件で悲しみや苦しみの多い世の中だからこそ、一つの小さな命と誓いの物語が誰かの心にそっと灯をともせることが私の願いである。
最後まで拝読ありがとうございました。
じゅラン 椿