第七話
第六の月に入り、さらに美波はカルラと一緒に塩パンとベーグルを開発した。村人はまた新しいパンが食べられることに喜び、その内ハーフェン村はパンがおいしい村として行商人経由で噂が広がった。そして僻地にあるにも関わらず、商人や流行に敏感な貴族のお使いなど、外部の人の出入りが増えていた。
「これも全部、ミナミのお陰じゃのう」
以前より賑わいのある村を見て、村長は心底嬉しそうな顔で美波にお礼を言う。そして時折美波の様子を見に来るヨシュカにも礼儀を欠かさず、美波をハーフェン村に連れて来てくれたことに感謝の意を述べていた。もちろん創造神ファシエルへの信仰心も忘れずに添えて。
一方、外部の人の出入りが増えたことで、美波自身もまた目立っていた。この国では珍しい黒目黒髪の乙女。本人が聞いたのなら『乙女と呼ばれるような年齢ではない』と言うだろうものの、どうやら美波は実年齢より若く見えているらしい。さらにはヨシュカと一緒にいるところも見られていたようで、『巨大な白い狼と黒目黒髪の乙女』の噂もまた、パンとともに広がっていたのだった。
そんなある日のこと。軽装ながらも明らかに立派な身なりの青年が一人、ハーフェン村を訪れた。なんでも遠目で見ても分かるほどの美丈夫なんだとか。小さな村なゆえに噂話が回るのは早く、それが美波の耳に届いたのも青年が村に到着してからすぐのことだった。
「村長に用があるとかで、すぐに村長の家に向かったらしいよ」
今日の仕事はパン屋の手伝いだ。パン窯を掃除したり、材料を厨房に運んだりしながら、美波はカルラからその青年の話を聞いていた。
「そんな立派な身なりなら、貴族の方とかなんですかね?」
「でもお貴族様がこんな辺鄙な村まで一人で来るかい?村長に用があるあたり、誰か偉い人の使いなんじゃないか?」
「うーん、それもそうかあ」
小慣れた手付きでパンの陳列棚を掃除する美波。まあ自分には関係ないことだと思っていた彼女に村長から呼び出しがかかったのは、その日の午後のことだった。
客人と一緒に夕食を取るのだが、美波にも同席してもらえないだろうか?そう言われて村長の家に向かった美波は、美丈夫と噂の青年と相対していた。
「初めまして。私はリステアード・ティーレマンと申します」
蒲公英色の髪に、灰色がかった青い目。服の上からでも分かるほど鍛えられた身体は、まさしく『美丈夫』という言葉を体現したような青年だった。そして何より――。
(え、ちょっと待って。イケメンすぎる。え。イケメンの登場は異世界転移の王道パターンだけど、これは無理。リアルでイケメンを直視するのは無理)
その青年の顔がかっこよすぎた。どちらかというとさっぱりとした顔立ちが好きな美波でさえイケメンと認めざるを得ないほど、青年の顔立ちは整っていた。
「……レディ?」
「っあ、すみません。私はミナミ・オオツカです」
我に返ってなんとか挨拶を返した美波。それから美波は、自分の向かいの席に着いた青年・リステアードの顔を直視し続けないよう注意をして過ごすこととなる。
「こちらのティーレマン殿は国王の命でハーフェン村の視察に来たとのことでな。村の案内をミナミに頼みたくて、こうして夕食に呼んだのじゃ」
「私が案内、ですか?」
村長の言葉に美波は首を傾げた。村の案内であれば他に適任者がいるはずだ。国王の使いであるならば、村長が案内しても違和感はないはず。それなのに数ヶ月しか住んでいない自分にその役目を与えるのはなぜなのだろうか。
「本来であれば儂が案内するのが筋なのじゃろうが、ご覧の通りこの老体だからのう。他の村の者もそれぞれ仕事があるじゃろうし、その点ミナミであれば融通が利くと思ったのじゃ」
「………」
村長の言っていることに変な点はない。けれど案内される本人は一目で異国人だと分かる自分でいいのだろうかとその様子をちらりと伺えば、リステアードは口元に笑みを称えながら美波を見ていた。
(あれは別に私でもいいって顔だなあ。たぶん)
そうであれば別に断る理由はない。明日は畑仕事を手伝う約束をしていたが、そこは村長が上手く調整してくれるだろう。
「分かりました。お引き受けします」
「おお。感謝する、ミナミ」
「お世話になります、オーツカ嬢」
(オ、オーツカ嬢……)
名前については間違ってはいないし、発音しやすいように呼んでもらえればいい。それはそれとして、アレスリアに来て初めてマナー的な意味で丁寧な扱いを受けた美波は、その扱いに少々困惑していた。そもそも地球でも『レディ』や『嬢』とつけて呼ばれることなどそうないのだが。
それから美波たちは食事を取りながら、簡単にお互いの話や他愛もない話をした。さすがに創造神に召喚されて異世界から転移しましたとは話せない美波は、遠い国から一人でハーフェン村に来たことになっている。そしてリステアードはというと、ウェインストック王国に仕える騎士だそうだ。
これなら王都にある大聖堂についても話が聞けるかもしれない。
村を案内しながらそれとなく大聖堂について聞いてみようと思った美波は、その日はそのまま三人での食事と会話を楽しんだのだった。――あまりリステアードの顔を直視しないように気を付けながら。