第六話
「これはサンドイッチといって、食パンにいろんな具材を挟んだパンです。今日はハムサンド、キューカンバ―サンド、タマゴサンドを作ってみました」
「へえ!こう並べると彩りがよくていいね!早速食べさせてもらうよ」
そう言ってカルラはキューカンバーサンドを手に取った。そして一口かじれば、驚いた顔で美波を見た。
「なんだいこれは!キュウリの酢漬けが挟んであるかと思いきや、なんだかまろやかで程よく酸味のある味がするよ!」
「さすがカルラさん!そうなんです!そのサンドイッチにはマヨネーズを使ってるんです!」
「マヨネーズ?」
「はい!私の国の調味料で、子どもから大人まで人気のある味なんですよ。次はこのタマゴサンドも食べてみてください」
「これはゆで卵かい?なんだかふわふわしてるね。――ああ、これもマヨネーズを使っているんだね!」
「はい、正解です!」
その後、三種類のサンドイッチをぺろりと平らげたカルラ。ふくよかな身体を揺らして満足そうに笑っていた。
「アンタの国にはきっと他にもおいしいものがたくさんあるんだろうねえ」
「そうですね、まだまだいっぱいあります」
「それで次はこのサンドイッチをうちで作ってほしいってことかい?」
「……へへ。率直に言うとそのお願いに来たんですが、このマヨネーズを作るのがなかなか大変なので、そこはカルラさんと相談かなと思ってます」
「ふうん、どうやって作るんだい?」
材料自体はシンプルなのだが、如何せん混ぜ合わせるのが大変なマヨネーズ作り。それをカルラに伝えると、その大変さが伝わったのか彼女も苦笑を見せた。
「確かにそれは大変そうだねえ。人手が要りそうだ」
「そうなんですよね。当然私もお手伝いするとしてもやっぱり一度にたくさん作るのは難しいと思うので、個数限定で売るのがいいですね。あとは日持ちしないので必ずその日の内に食べてもらうことをお伝えしないといけません」
「個数限定か。なんだか特別感があっていいじゃないか」
こうして三種類のサンドイッチもパン屋で並ぶことが決まり、美波の仕事にマヨネーズ作りが追加されることになった。ただしマヨネーズ作りは腕へと負担が大きいので、作るのは三日に一度、それもカルラと交代で作ることにしたのだった。
「おーい、ミナミ!あのサンドイッチってやつ、うまかったぞ!」
「あら、ミナミ。サンドイッチおいしかったわよ。私はハムサンドが一番気に入ったわ」
ハーフェン村は小さな村だ。パン屋にサンドイッチが並べばたちまち噂になってよく売れるようになり、その発案者が美波だということもすぐに知れ渡った。そうして美波のもとに、出会い頭にこうして村人から直接感想が届けられることもよくあった。
サンドイッチを気に入ったのは村人だけではなく、月に一度やってくる行商人も例外ではなかった。彼はサンドイッチが他でも売れると踏んで仕入れを申し出てきたが、日持ちしないことを知ると泣く泣く断念したようだ。同じ理由で食パンの仕入れも諦めていた。その話を聞いた美波は、ハーフェン村が僻地にあるということをなんとなく悟ったのだった。
「む?今日はタマゴサンドはないのか?」
ちなみにヨシュカはタマゴサンドが大変気に入ったようだ。初めてタマゴサンドを食べた日から美波の様子を見に来る度に、彼女の手にタマゴサンドがないか密かに目で探すようになっているのを美波は気づいていた。
「うん、ごめんね。今日は完売しちゃったんだって」
「ふむ。まああれだけ美味なのだ。それも止むを得まい」
「ふふっ。ヨシュカがタマゴサンドを気に入ってくれて嬉しいよ」
自分を撫でようとする美波の手に気づいて、ヨシュカはその身体を地面の上へと伏せる。美波の細い手が鼻から眉間にかけて撫でれば、ヨシュカは気持ちよさそうにその金色の瞳を閉じた。
「……もうすぐ五月も終わりかあ。アレスリアに来て、もう二ヶ月も経つんだね」
「そうだな。お主が村人たちとすっかりと打ち解けている様子を見て、ファシエル様も安心しておられたぞ。食パンとサンドイッチについても、随分と喜んでおられたわ」
「そっか。神様の希望通り、少しは文明開化に協力できてるのかな」
「うむ。我から見てもお主はよくやっているぞ、小娘よ」
「ははっ。ありがとう、ヨシュカ。それとそろそろ私の名前を呼んでくれてもいいんじゃないのー?」
「毎日タマゴサンドを持ってくるのであれば考えてやらんでもない」
「えー、それはちょっと面倒くさいなあ。マヨネーズを作るのは大変だって話したでしょ」
「我に名を呼んでもらうにはそれなりの対価が必要だということだ」
「なんでそんなに勿体ぶるかなあ。神様は最初から名前を呼んでくれてたのに」
「ふん」
アレスリアに来て約二ヶ月。そろそろファシエルの聖物を受け取りに、本格的にウェインストックの王都にある大聖堂に行く計画を立て始める必要がある。
(ハーフェン村から王都までって、一体どのくらいの距離なんだろう?今度、村長さんに聞いてみなきゃなあ)
王都を目指す美波。そのきっかけが自分の知らないところで生まれ始めていることなど、彼女は知る由もないのだった。