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異世界で文明開化のお手伝いです  作者: 秋乃 よなが
最終章 今日も異世界で文明開化の手伝いをする

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第五十五話


 第四の月に入ってしばらく。私室でスヴニールの次の商品を考えていた美波を眩暈が襲った。この眩暈には覚えがある。久しぶりのこれは――。


『ミナミ、聞こえますか?聖誕祭以来ですね』


 頭の中に響く爽やかな声はそう、ファシエルだ。彼女の声はヨシュカにも届いているらしく、伏せていた身体を起こし、耳をピンと立てて澄ませていた。


「神様!お久しぶりですね。何かありましたか?」


『特に何かというわけではありません。ただ、あなたがこの世界に来て一年が経ったことは気づいていましたか?』


「あっ、そうか。神様に召喚されたの、ちょうど去年の今頃でしたね」


 ある日の夜、会社帰りの美波が自宅玄関のドアを開けて踏み出した瞬間、なぜか身体が落下した。そうして着地したのは、どこかの森の中。突然頭の中に声が響いて、一番あり得ないと思っていた、自分が異世界転移したことを知らされた。


「あのときはとにかく混乱してましたね。神様に召喚されたって聞いたから、魔王討伐とか何か重大すぎる使命を与えられたと思ってました。ふふっ、懐かしいなあ」


 よくよく話を聞いてみれば、ファシエルが美波を召喚した理由はアレスリアに文明開化を起こしたいということだった。異世界――地球の文明をアレスリアでも発展させるため、彼女が美波に与えた能力は『脳内検索』。これを使って自由に過ごすというのが美波に課せられた使命だった。


『あのときのあなたのことは今でも鮮明に思い出せますよ。主人公になりたくない、と言っていましたね』


「あはは…お恥ずかしながら。今でもまだ少し抵抗はありますが、本来の私は何かの登場人物になるようなタイプじゃないんです。活躍している主人公を、それを支える脇役を、もっと隅の方で見守っていたいタイプなんです」


「それが今は聖女なぞと呼ばれおって。こんな小娘が我と同じようにファシエル様の御使(みつか)い扱いされるのが()せん」


『あら、ヨシュカ。実際に美波は聖女ですよ。わたくしがアレスリアに召喚し、与えられた特別な力で使命を果たそうとしてくれているのですから、立派な聖女ではありませんか』


「しかしファシエル様。この小娘は食べ物ばかり作っていますぞ?――まあ、タマゴサンドは完璧な食べ物と言っても過言ではないが…」


『ふふっ、ヨシュカ。食べ物というのは人々の生活と深く根付いているものです。そこに新しい風を吹き込んでくれるというのは、まさにわたくしの望んでいること。新しい食文化から発想を得て、また人々は新たなる文化を創り出すでしょう』


(そんな大層なことは考えてませんが…!?ただ自分が食べたかっただけですが…!?)


 美波の食への欲望も、神目線で見れば大きな波紋を呼ぶ一投らしい。


『ミナミ、改めてお礼を言います。アレスリアに来てくれてありがとう。この世界に新しい風を吹き込んでくれてありがとう。これからのあなたの活躍に、引き続き期待していますね』


「神様…、こちらこそこんな素敵な世界に呼んでくれてありがとうございます。引き続き頑張ります!」


 最初はどうして自分が選ばれたのかと悲しみしかなかった。もう二度と、日本へは帰れない。大事な人たちに二度と会えない。表面上は明るく取り繕っていたけれど、本当は毎日泣き出したいほど辛かった。


 それでも今こうして笑えているのは。日本への連絡手段が見つかったことはもちろん、日本の(みんな)が明るく応援してくれたから。アレスリアの人たちが優しく温かく、自分を迎えてくれたから。そして見守ってくれている神様、ヨシュカがいてくれたからだ。


「そうだ!次は食べ物以外でも何か考えてみますね。例えば…ヘアドライヤーとか!フェルディナンドさんが喜んで作ってくれそうです!あとゲームやラノベなんかもこの世界にあるとうれしいなあ」


『どれも素敵な発明ですね。実現するのを楽しみにしていますよ』


「はい!」


『ああ、あともうひとつ。あなた自身のことも考えるのですよ』


 ファシエルの言葉が何を指しているか、いまいち理解できない美波。そんな彼女に、ファシエルは爆弾を落とした。


『先ほどちらりと名前が出ましたが…あなたの本命はウェインストックの王弟なのかしら?』


「………!?!?」


 あなた自身のこと。それはつまり、恋愛の話だった。


「な、なにを…っ」


「でもたまにわたくしが様子を伺っている限りでは、第一騎士団長のことも気になっているようですね」


「の、覗き見してるんですか!?」


『やだわ、ミナミ。見守っていると言ったじゃない』


 恋愛話を好きな人がいるのは、神も人も一緒なのかもしれない。ファシエルの態度は、どこかいつもより楽しげで気安く感じるものだった。


『あなた自身の話も楽しみにしていますよ、ミナミ。これかもよろしくお願いしますね。あなたの旅が幸多からんことを』


「あっ、ちょ、神様!言い逃げ!」


「くくっ。ファシエル様はなんでもお見通しなのだ」


「くぅ…!ヨシュカうるさーい!」


「な!?我になんという暴言を!?」


 美波はファシエルの話で頭に浮かんだ二人の姿を掻き消すように頭を横に振る。そして気合を入れ直すように、自分の両頬を二回叩いた。


「よーし、まだまだやるぞ!」


 今日も彼女は、異世界で文明開化の手伝いをする。


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