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異世界で文明開化のお手伝いです  作者: 秋乃 よなが
第十五章 甘い餡子は熱烈求婚とともにやってくる

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第五十四話


 昨夜の内に準備して寝かせておいた生地を取り出す。まだアレスリアでは湯種やドライイーストを見つけられていないため、生地は硬めだ。生地を個別に切り出して、軽く潰してから餡子を包む。包んだ生地を鉄板に並べて、再びしばらく寝かせる。発酵が進んだところで生地の表面に溶き卵を塗って焼き上げれば、あんパンの完成である。


「ふむ。いい匂いがしてきたな」


「もうちょっとで焼き上がるよー」


 オーブンから取り出せば、こんがりきつね色のあんパンが焼き上がっていた。パン生地の香ばしい香りと餡子の甘い香りが食欲を刺激する。粗熱を取って、あんパンを半分に割ってみれば、中からほくほくの餡子が顔を出し、甘い香りがさらに強くなった。


「自分でいうのもなんだけど、すっごくおいしそう…」


「我の分を忘れるでないぞ、小娘!」


 仕方ないなあというように美波は肩をすくませて、ヨシュカのいる窓辺へと近づく。そして半分に割った片方を差し出して、同時にあんパンを頬張った。


「ふぁぁ。おいしい…!」


「な、なんだこれは…!中からころころとした触感の甘い粒が溢れるぞ…!」


 日本のあんパンとは違って柔らかな生地ではないが、それはそれでおいしい。少し歯ごたえのある生地を噛んだ先に、甘く柔らかな小豆が顔を出す。小豆をなるべく潰さないように餡子にしたこともあり、粒の触感も楽しめる。


「まさか異世界であんパンが食べられるなんて…。ドゥメヤ様々だよ…」


 異世界生活も悪くない。そう思えるほど、塩おにぎり以来の感動的な食事だった。


 そしてついに、ジュノがドゥメヤに帰国する日がやってきた。


「ウェインストック王。この度の温かい配慮に誠に感謝申し上げます。おかげで不自由なく滞在することができました」


「快適に過ごせたなら何よりだ。其方から聞くドゥメヤの話は実におもしろかった。ぜひこれからも親交を深めていきたい」


「ドゥメヤも同じく思っています」


「ふむ。ドゥメヤ天皇にもよろしくと伝えてくれ」


 謁見の間にて最後の挨拶を交わすベルンハルトとジュノ。もちろんその場には美波とフェルディナンドもいた。


「ウェインストック王、最後にひとつだけお願いがあります」


「なんだ?」


「もう一度、改めてミナミ様に結婚を申し入れる機会がほしいです」


「う、うむ、それは…」


 ベルンハルトがちらりとフェルディナンドを見遣る。フェルディナンドはやはりどこか圧を感じる笑みを浮かべているだけだった。そして次に助けを求めるように美波を見る。美波もまた、突然の指名にあたふたしていた。


「オーツカ様がよろしければ…」


(あっ、責任を私に押し付けたな、王様!)


「ミナミ様!お願い申し上げる!」


「わ、分かりました」


 ジュノはその場に片膝をつく。そうして手のひらを美波へと向けて、乞い願うような切実で甘い声で愛を囁いた。


「ミナミ様、出会う前から貴女は私にとって特別な人でした。商人から話を聞くたびに、貴女に会いたい気持ちが募りました。会ったこともない貴女に恋をしていました。こうして実際にお会いして、私の感情は間違っていなかったと確認しました。本物の貴女は想像よりも美しく、可憐で、私に真摯に向き合ってくれた」


 それは、熱烈な愛の告白。


「好きです、ミナミ様。もっと貴女のことを知りたい。もっと私のことを知ってほしい。どうか私と結婚してください」


 こんなに熱量のある想いを告げられて、心が揺さぶられない人などいるのだろうか?――美波の心もまた揺れていた。しかしそれは恋情などの気持ちではなく、ジュノの想いの強さに感激したことと、そんな想いに応えられない自分が情けなく思えた揺らぎだった。


「……ジュノ皇子のお申し出は本当にうれしく思います。そんな風に私を想ってくれて、本当にありがとうございます。でも…私は…。私は、ジュノ皇子と結婚できません」


 もっとアレスリアのことを知って、もっとアレスリアに馴染んで、そうしていつか心から好きな人ができたときに、その人と結婚したい。もしかしたら三十路で語る夢ではないと笑われるかもしれないけれど、それでも大好きな人と一緒になりたい。


「……そう、ですか」


 美波の返事にジュノは俯き、その拳をぎゅっと握る。それでも次の瞬間には明るく顔を上げ、屈託なく笑ってみせた。


「でもミナミ様が結婚するまでは私にもチャンスはありますね!まだまだ頑張ります!」


「ちょっ、ジュノ様!」


「はい!?」


「なんと!」


「あらっ」


「………」


 上からルオマ、美波、ベルンハルト、フェオドラ、フェルディナンドの反応である。無言で微笑みを崩さないフェルディナンドからは、言い知れぬ圧を感じる。どこかで一度見た光景だ。


「それではウェンストック王、王族方、ミナミ様。またお会いしましょう!」

 

 清々しい笑顔で去っていくジュノ。一礼して、そのあとを追っていくルオマ。随分と賑やかな日々だったなと、美波はその背を見送りながらこの二週間を振り返っていた。


 そうして第三の月が終わり、第四の月がやってくる。それは、美波がアレスリアに召喚された月でもあった。


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