第五十二話
開店から約一週間。スヴニールはほぼ毎日完売を続けており、順調な滑り出しを見せていた。今日もフーゴの手伝いと店舗の様子見をしたい美波であったが、そうはいかない。なぜなら、先月ベルンハルトに呼び出された件、ドゥメヤ皇国の使者との謁見があるからだ。
例のごとく朝からゲルダたちに磨かれた美波は疲れ切っていたが、それでも鏡に映る綺麗になった自分を見るとテンションが上がる。そして謁見の間へと向かい、ベルンハルト、フェオドラ、フェルディナンドとともにドゥメヤ皇国の使者の到着を待った。
来客を告げる声が聞こえる。そうして開かれた謁見の間の扉の先には、二人の青年が立っていた。
「本日は謁見の許可をいただき誠にありがとうございます。ドゥメヤ皇国第三皇子のジュノ・ユーゼァと申します」
「第三皇子の補佐を務めております、ルオマ・イエンと申します」
(まさかの使者が第三皇子…!)
小麦色の肌に均整のとれた身体付き。ドゥメヤ人のいで立ちは、いかにも活発で健康そうだなというのが美波の第一印象だった。
「ここまでの長旅、ご苦労であった。用意した部屋は気に入ってもらえただろうか?」
「はい、綺麗な部屋をありがとうございます。ゆっくり休んでから謁見に赴くことができました」
ウェインストックで使用されている言語は、世界的な公用語になっているらしい。ベルンハルトとジュノの会話はスムーズに進んでいた。
「改めて紹介しよう。こちらがウェインストックの聖女、ミナミ・オーツカ様である」
「どうも初めまして」
「おお!貴女がミナミ様か!どれほど貴女に会いたかったことか!」
美波が紹介されるなり、ぱぁっと明るい笑顔を見せたジュノ。その横で補佐のルオマは、やれやれといった表情していた。
「ミナミ様が我が皇国の食材を気に入ってくれたと聞いて、王族も含めた国民たちはとても喜びました!ウェインストック王国と深い縁ができたのも貴女のおかげです!ありがとうございます!」
少々勢いがありすぎるものの、ジュノは純粋に美波と会えたことを喜んでくれているようだ。美波はその勢いに押されながらも、なんとか笑顔を返した。
「こちらこそずっと食べたかったものが食べられてうれしかったです。お礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございます」
「とんでもない!――ウェインストック王!ドゥメヤ皇国はウェインストック王国とのさらなる国交を希望しています。そこでですが、私とミナミ様の結婚をお許しいただきたい!」
「ちょっ、ジュノ様!」
「はい!?」
「なんと!」
「あらっ」
「………」
上からルオマ、美波、ベルンハルト、フェオドラ、フェルディナンドの反応である。無言で微笑みを崩さないフェルディナンドからは、言い知れぬ圧を感じる。
「私は第三皇子です。ウェインストック王国の国民として婿入りすることも可能です。ミナミ様は商人からの話に聞いていた通り、とても清楚で奥ゆかしい人です。私はミナミ様に会う前から、結婚したいと考えていました!」
「ウェインストック王、無礼を承知で話に割り込ませていただきます。ジュノ皇子はなんと言いますか、こう…率直な人物でして。今申し上げたことはひとまず忘れていただきたいです」
「なぜだ、ルオマ!親父殿にも許可をもらったではないか!」
「段取りというものがあるでしょう!頭は良いのに、どうしてこういうときだけポンコツなんですか!」
ドゥメヤの使者は、なんとも愉快そうな人たちである。第三皇子と聞いて少し緊張していた美波だったが、突然の求婚でそんな感情は吹っ飛んでいた。
「と、とりあえず其方たちの滞在は二週間だったか。王城でゆっくりと過ごすがよい。何かあれば使用人に声をかけてくれ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
さすがのベルンハルトもたじろいでいる様子が伺える。王の恩情に有り難く頭を下げながら、自国の皇子がこれ以上醜態をさらさないよう、ルオマはジュノを引っ張る形で足早に謁見の間を出て行ったのだった。
「ミナミ様ー!またあとでお会いしましょうー!」
「は、ははは…」
美波の笑顔は引きつっていた。
「あらあら。これは好敵手の出現ね、フェルディナンド」
「何をおっしゃいます義姉上。どう見てもミナミにその気はないではありませんか」
「あら、これから変わるかもしれないわ?あんな風に真っ直ぐに気持ちをぶつけられたらねえ」
「……ミナミ?」
「ひえっ。どうして私に話を振るんですか!?」
フェルディナンドは微笑んでいる。微笑んではいるが、まるで『否定しろ』と言わんばかりの圧を感じる。
そして美波はというと、『真っ直ぐに気持ちをぶつける』というフェオドラの言葉で、リステアードのことを思い出していたのだった。
それからの美波は忙しかった。主に感情が、である。




