第五話
「なるほど。こりゃあ確かにおいしいね。いつものパンに比べると食感が物足りない感じはあるけど、味がいいね。これ、なんていうパンなんだっけ?」
「食パンです!この食パンをスライスして、改めて焼いてもおいしいんですよ!」
少々不格好ではあるものの、美波の中では満足な結果で焼き上がった食パン。しかしカルラはパン屋としての職人魂に火がついたのか、様々な改善点を洗い出し始めていた。
「牛乳の量を調整した方が、もう少しふわっと焼けそうだね。それなりに捏ねたつもりだったけど、もっとしっかり捏ねた方が食感もよくなりそうだ。それからやっぱり焼型は専用のものが必要だね。もっと深さがあるものでないと形が悪すぎる。あとは窯の温度を少し下げてみてもいいかもしれない」
「さすが本職の方…。次はもっとおいしい食パンができそうですね」
「ん?ああ、食パンのことは任せておくれよ。ちゃんとお店に出せるようにするからさ」
「え!本当ですか!嬉しい!ありがとうございます!」
「こっちこそありがとう、ミナミ。こんな目新しくておいしいパンができたんだ。村のみんなも喜ぶよ」
それからハーフェン村のパン屋に食パンが並んだのはすぐのことだった。同じくパン職人のカルラの夫が、持ち前の手先の器用さを生かして食パンの焼型を作る。その間にカルラは食パンの改良に改良を重ね、初回とは明らかに質の違う、売り物として恥ずかしくない食パンを完成させた。
そして食パン自体はというと、村中の人々から大好評。今では村のパン屋には、以前からあったハード系パンの隣に食パンが並んでいるのが当たり前の光景となった。
「カルラさんのお陰でおいしい食パンが食べられるようになったし、何より村のみんなが食パンを気に入ってくれて本当によかった」
いつものように自分の様子を見に来てくれたヨシュカに、美波はにこにこしながら村での出来事を話す。ちなみにヨシュカにも食パンを食べてもらったが、彼はハード系パンの方が好みらしい。
「食パンはね、バゲットみたいに割りとどんな料理にでも合うんだよ。しかもフルーツと生クリームを挟んだフルーツサンドっていう甘いパンも作れて――」
食パンのよさをヨシュカに語ろうとしていた美波の言葉が止まった。それを不思議に思ったヨシュカが美波の様子を確認すれば、彼女が言葉にせずとも『いいことを思いついた』と言っているのが分かるほど、明るい表情をしていた。
「ヨシュカ!これだ!次はこれだよ!」
「声が大きいぞ、小娘。少し落ち着かぬか」
ぽすっと、ヨシュカの柔らかな肉球が美波の頭を優しく押さえる。『もふもふの肉球!柔らかい!』と、それはそれで美波を興奮させる要素になるわけだが、ヨシュカに嫌な顔をされるのが想像できた彼女はそっとその興奮を押し殺した。
「あのね、ヨシュカ。地球には食パンを使ったサンドイッチって食べものがあるんだけど、これがまた最高においしいんだよ」
「さんどいっち…?まあよくは分からぬが、次はそれを作るのか?」
「うん!また作って持ってくるから楽しみにしててね」
別れ際にヨシュカの白い毛並を堪能した美波。翌日、いつものように村の仕事の手伝いを終えた彼女は、自宅のキッチンに立っていた。
「よし。やりますか」
サンドイッチを作るとなれば、絶対に外せないものがある。今日はその試作品を作るのだと、美波は意気込んでいた。
器に卵黄、塩、酢を入れて、よく混ぜ合わせる。そこに植物油を少しずつ入れて、さらに混ぜ合わせる。ひたすら混ぜ合わせる。
(ぜ、全然白くならない…!)
混ぜるのに疲れたら腕を変えて、ぎこちないながらもなんとか混ぜ合わせる。とにかく混ぜ合わせる。頑張って混ぜ合わせる。
(できた!けど…これはしんどい。電動ミキサーがほしい。切実にほしい)
疲れ果て乱れた様子の美波とは裏腹に、彼女が必死に混ぜ合わせていた器の中には少し艶のあるもったりとした白い物体が一つ。そう、それはマヨネーズだった。
そして美波がサンドイッチ用に用意した食材は三つ。ハム、キュウリ、卵を使って、具材を一つだけ挟んだシンプルなサンドイッチを三種類作った。もちろんパンは、カルラの食パンだ。
「これでサンドイッチの完成!上出来じゃない?」
試しに一つ、ハムサンドを食べてみる。スキルで検索したレシピ通りに塗ったマスタードがいい仕事をしていて、このピリッとした辛さがハムの塩気とよく合っていた。
「うん!おいしい!カルラさんにも食べてみてもらおう!」
自分とヨシュカの分を残し、いくつかをお皿に乗せたサンドイッチをバスケットに入れて、カルラの元へ向かう。パン屋にはいつもより早く店じまいの準備をしているカルラの姿があった。
「こんにちは、カルラさん。今日はもう終わりですか?」
「やあ、ミナミ。今日はパンがすっかり売れちまってね。アンタが食パンを教えてくれたお陰で、最近は売れ行きがいいよ」
「何言ってるんですか。食パンをおいしくしてくれたのはカルラさんですよ」
「嬉しいこと言ってくれるねえ。それで?今日はどうしたんだい?」
「今日はですね、カルラさんに食べてみてもらいたいものがあって」
手に持っていたバスケットを掲げた美波。それを見たカルラは『またおもしろそうなものを持ってきたのではないか』と期待したような顔で笑い、美波を店の中に招き入れた。