第四十九話
脱ニート生活のための事業を始めるにあたり、開業資金は国庫から支払われたフリーズドライ食品開発の報奨金を利用した。王都初の地球スイーツ店としてある程度の人気は見込めるが、いきなり大きなお店を出すには自分自身のノウハウが少なすぎる。まずは小規模なテイクアウト専門店から始めることにした美波は、自宅でグィードと事業の話を進めていた。
「最低限の準備として、まずは店舗、人材、商品の三つを揃えなければなりませんね」
グィードの提案に美波は頷く。
「商品の開発は私に任せてください。ただ、店舗と人材についてはどうやって進めていけばいいのか見当もつかないです…」
「そちらは私にお任せください。いくつか伝手を使って探してみます。人材については二週間ほどあれば集められると思います」
「二週間っていうと第二の月に入った頃ですね。じゃあその頃に面談をするようなスケジュールでいますね」
「かしこまりました。店舗は進捗があり次第、またお伝えいたします」
「うん、よろしくお願いします」
事業の進め方がまとまったところで、早速美波は商品開発に取り掛かる。最初の商品を何にするかはある程度見込みを立てており、そのレシピを脳内検索する。
(最初はプレーンのパウンドケーキとドライフルーツとナッツのパウンドケーキ、プレーンのシフォンケーキと紅茶のシフォンケーキの四種類でいこう)
どれも季節や旬に左右されにくいフレーバーである。どのレシピで作るかは試行錯誤が必要だが、美波は自分がわくわくしていることを自覚していた。
(味見で太る可能性が高いけど…)
それはもう運動と食事の節制でコントロールするしかあるまい。
(パウンドケーキはこの前作ったし、今日はシフォンケーキを焼いてみようかな)
あの中央に穴が開いた独特の焼き型はないため、今回はパウンドケーキの焼き型を使ってみる。まずは生地を作るため器に卵黄をほぐし、砂糖、油、水、小麦粉を加えて混ぜる。次に作るのは曲者のメレンゲだ。冷蔵庫でしっかり冷やしておいた卵白に、砂糖を少しずつ加えながら混ぜる。とにかく混ぜる。思い出すはマヨネーズ作りである。
空気を含ませるように混ぜていると、徐々に細かい泡立ちが見えるようになってくる。シャカシャカ、シャカシャカ。混ぜている腕がじんわりと重くなってきたとしても、頑張って混ぜる。卵白が白くもったりしてくるまで混ぜる。最後に残りの砂糖を加え、ふんわりと柔らかいメレンゲが出来れば完成である。
「腕痛ったぁ。フェルディナンドさんに頼んで、電動ミキサーを作ってもらう必要があるなあ、これは」
それからメレンゲの泡を潰さないように、生地とさっくり混ぜ合わせる。生地を勢いよく焼き型に流し込み、平らにする。あとは予熱していたオーブンに入れて、途中で開けたりせずに三十分ほどしっかりと焼き上げる。
「ふぅ、とりあえずこれでオッケーかな。シフォンケーキって焼くのが難しいから、しばらく練習が必要かも」
シフォンケーキが焼き上がるにつれてほんのりと甘い香りが漂う。時間になったところでオーブンから取り出し、そのまま逆さまに置いて生地を冷ます。パウンドケーキの焼き型ため、焼き上がった頭が少々潰れてしまうが、今回はやむなしとして形の良さは諦めることにした。
(シフォンケーキの焼き型も早く作ってもらわなきゃな。絵に描いて持っていかないと、あの形は説明できないよなあ)
そんなことを考えている内に、シフォンケーキから熱が取れていく。ケーキの様子を見ながら、もう少し冷ましてから焼き型を外そうと思っていたところに、来客の知らせが入った。
「ミナミ様。ティーレマン団長がお越しなのですが、お会いになりますか?」
事前の連絡なしに来るなんて珍しい。特に間が悪いわけでもないので、美波はそのままリステアードを応接間に通すようイルメラにお願いした。
「あ、紅茶と一緒にシフォンケーキも出してもらおうかな」
見た目はともかくとして、味は大丈夫なはずである。たぶん。
ゲルダに手伝ってもらって、作業用のドレスから来客用のドレスにさっと着替える。そして応接間へと向かえば、リステアードが少し緊張した面持ちで座っていた。
「リステアードさん、お待たせしました」
「っいえ、こちらこそ突然押しかけて大変申し訳ありません」
美波が声をかけるなり立ち上がって、頭を下げたリステアード。美波はそれを宥めながら、自分も席に着いた。
「実はちょうど新しいお菓子を焼いていたところで、よろしかったリステアードさんも食べてみませんか?ちょっと形は不格好ですが、味は悪くないと思います」
「この前いただいたケーキもすごくおいしかったです。ぜひいただきたいです」
「よかった!実はもうイルメラさんに紅茶と一緒に持ってきてほしいとお願いした後だったんです」
リステアードが断ったら、自分が二つ食べようと思っていた。流石に目の前で二つ食べるのは恥ずかしいので、もちろん彼が帰ってから食べるつもりだった。




