第四十四話
「恥ずかしながらミナミ様にお会いできるのを待ちきれず、こうしてお迎えに上がった次第です」
フェルディナンドと同じく、リステアードも美波への好意を隠そうとしない。果たして彼の好意は一人の女性に対するものか、聖女という尊敬する人物に対するものなのか。
「お忙しいところすいません。お渡ししたいものがあって」
「ミナミ様ならいつでも大歓迎ですよ。団長室へどうぞ」
リステアードの案内で、第一騎士団の団長室へと足を踏み入れる。まさしく仕事をするためだけの部屋といった感じで、必要最低限の調度品だけが置かれているようだった。
「今日ここに来たのは、ティーレマンさんにこれを渡したかったんです」
仕事の邪魔をしてはいけないと、早速本題を切り出した美波。パウンドケーキの入った小箱を渡せば、美波の了承のもと、リステアードは中身を見た。
「これは焼き菓子、ですか?」
「はい。地球のお菓子でパウンドケーキといいます」
「いい香りがします。食べてみてもいいですか?」
「はい、もちろんです」
リステアードも手掴みでケーキを頬張る。一口食べた瞬間、その表情はほころんだ。
「とてもおいしいです」
「よかったあ。いつも護衛をしていただいてお世話になっているから、何かお礼がしたかったんです」
「お礼なんて気になさらずともよかったのに。ミナミ様の護衛が仕事ということもありますが、何より私がそうしたくてやっているんですから」
「あ、ありがとうございます」
イケメンにこうもストレートに好意を示されると反応に困る。美波は思わず視線を泳がせた。
「そういえば新居の住み心地はいかがですか?」
「はい、王様の配慮のおかげですごく快適に過ごせています」
「それはよかった。第一騎士団も交代で護衛に入っているので、何かあればすぐ騎士に知らせてください」
「はい、ありがとうございます。そういえば第一騎士団の皆さんは礼儀正しくて、きちんとされていますね。いかにも『護衛しています!』という雰囲気も出さないよう気を遣っていただいている気もします。さすがティーレマンさんの部下ですね」
「そういってもらえると大変うれしいです。あとで騎士たちにも、ミナミ様からそうお言葉をいただいたと伝えておきます。――それから、ミナミ様。私のことは、リステアードとお呼びいただけませんか?」
「へっ?」
突然のお願いに、美波から腑抜けた声が出る。こちらの様子を伺うように少々上目遣いになっているリステアードが、かまってほしそうにこちらを見ている大型犬に見えるのは気のせいだろうか。
「王城内でミナミ様と一番付き合いが長いのは私という自負がありますし、いつまでもティーレマン呼びでは距離を感じてしまいます」
「そ、そうですか?」
「はい。ぜひミナミ様にリステアードとお呼びいただきたいと思います」
「は、はあ」
今度はキラキラな笑顔でこちらを見るリステアード。これはうっかりティーレマンと呼ぼうものなら、著しく悲しい表情をされる気がする。
「で、ではお名前で呼ばせてもらいますね。リ、リステアードさん」
「はい!」
ぱあっと周りが明るくなるような笑顔。あまりの眩しさに直視できず、美波はそっと視線を伏せた。
(騎士団長なんてやってるくせにかわいいって何!?何なの!?)
美波の脳内は、リステアードのかわいさにノックアウト寸前である。
「じゃ、じゃあお礼も渡せたのでそろそろ失礼しますね!お時間ありがとうございました!」
「こちらこそわざわざありがとうございます。馬車までお見送りしますね」
流れるように差し出されたリステアードの手を拒めるはずもなく。美波はエスコートを受けながら馬車まで戻った。
「ティーレマン団長は、ミナミ様が好きでしかたないようですね。――出してください」
馬車に乗り込むなり、イルメラが数十分前と同じような台詞を吐く。
「す、好き!?あれは私が聖女だから丁寧にしてくれてるだけだよ!」
「団長も人気がある方ですからね。誰でもあのように好意をお見せになることはないと思いますが」
「ううう…!」
美波とフェルディナンドとリステアード。主人を巡る三角関係をイルメラは密かに楽しんでいた。
「なんだか今日のイルメラさんは意地悪な気がします」
「とんでもございません。殿方の頑張りを一押ししたくなっただけでございます」
「そ、それが勘違いなんだってば!」
しばらく彼氏のいなかった美波には、イケメンたちとの恋愛のハードルはとても高いようである。
兎にも角にもお世話になった人たちにお礼をするという美波の目的は果たされた。あとは明日の聖誕祭を迎えるだけであるが、何事も起きず、無事に終わることを願う美波だった。




