第四十三話
それからグィードに、ベルンハルト、フェオドラ、ジークフリート、オティリエの王族たちにも献上できるよう手配してもらう。フェルディナンドは魔導具開発でよくお世話になっているため、直接届けようと思っていた。いつも護衛してくれているリステアードにも。
「イルメラさん、フェルディナンドさんとティーレマンさんへ連絡をお願いします」
今もきっとフリーズドライの開発に勤しんでいるに違いない。邪魔をするのは気が引けるが、さっと渡してさっと帰るつもりでいた。そしてフェルディナンドからの許可が下りたので、イルメラとともに研究所へと向かう。
「いらっしゃい、ミナミ。今日はどうしたのかな?」
疲れているだろうに、フェルディナンドの美しい微笑みは変わらない。部屋に通してもらい椅子に座るや否や、美波は本題に移った。
「フェルディナンドさん、いつも魔導具の開発ありがとうございます。これ、日頃のお礼に作ったのでよろしかったらどうぞ」
「おや?ミナミの手作りかな?これはなんていうんだい?」
「パウンドケーキという地球のお菓子です」
「へえ。ちょうど甘いものがほしいと思ってたんだ。早速いただこうかな」
タイミングよくお茶が運ばれてきて、フェルディナンドは好都合だという顔を見せる。そして小箱からパウンドケーキを取り出せば、そのまま手掴みでぱくりと食べた。
(しまった!お皿とフォークを用意してもらえばよかった!)
「うん、おいしい。これはレモンかな。甘みのあとにさっぱりしてちょうどいいね」
サンドイッチで慣れてしまったのか、フェルディナンドは手掴みでも全く気にしていない様子。美波はそれに安堵した。
「紅茶ともよく合うね。ありがとう、ミナミ」
「お口に合ったようでよかったです」
「でも、そうだな。日頃のお礼というなら、私からもミナミに贈り物をしなくてはいけないね」
「え?」
「ミナミのおかげで魔導具開発が楽しくてしかたないんだ。そのお礼をしないと」
「それは私にお礼をするのは何か違うような気がしますけど…」
ぐっと笑みを深めるフェルディナンドに、美波は思わず狼狽えた。これは危険だ。歩く誘惑の色気が強まる気配がする。
「そそそそうだ!パウンドケーキ、ホルストさんの分もあるんです!大変恐縮ではございますが、ホルストさんにお渡し願えますでしょうか!?」
雰囲気を変えようと慌てて話題を変えた美波の様子に、フェルディナンドはクスリと笑う。揶揄うのが楽しい、動揺している姿がかわいい。そんなフェルディナンドの思いに、美波は気づかない。
「お仕事も忙しいと思うので、私はこれで失礼しますね!フリーズドライの開発、引き続きよろしくお願いします!」
「ふふっ。もちろんだよ」
部屋を出るため立ち上がった美波を追いかけて、フェルディナンドは部屋の扉のところまで見送りに行く。
「お邪魔しました!」
「――ミナミ、」
「っ!?!?」
部屋を出ようとする美波を引き留めて、フェルディナンドはそのまま彼女の鼻先に唇を落とした。
「またね、ミナミ」
「~~~っ!失礼します!」
ドタドタと音が鳴りそうなほど慌ただしく帰っていく美波の背に、フェルディナンドはかわいくてしかたないというような笑みを零した。その笑みを見ていたのはイルメラだけ。
(もうなんであんなことするかな!?絶対自分の顔面の良さが分かっててやってるよね!?)
悶々としながら待たせておいた馬車へと乗り込む美波。次は第一騎士団の訓練場へと向かう予定だが、フェルディナンドのせいで赤くなった顔の熱はまだ引きそうにない。
「フェルディナンド殿下は、ミナミ様がかわいくてしかたないようですね。――出してください」
遅れて馬車に乗り込んだイルメラがそう微笑みを零す。そして馭者に合図を出すと、馬車はゆっくりと走り出した。
「かっ、かわいい!?あれは絶対私の反応を見て揶揄ってるだけだよ!」
「殿下はあの見た目ですからね。勘違いされるような不用意なことはされないとは思いますが」
「ううう…!」
イルメラとしては、主人の恋愛模様を見守るのは楽しいようである。しかし恋と呼ぶにはまだ蕾にもなっていない状態で、それが初々しくてもっと見ていたくなる。
馬車はしばらく走ると、静かに停止した。第一騎士団の訓練場に到着したのである。そして到着した馬車の扉を開けたのは。
「ティーレマンさん!」
「お待ちしておりました、ミナミ様」
目的の人物、その人だ。




