第四十話
「何ってお金の心配だよ、ヨシュカ!王城にいたときは自分が質素倹約な生活をすれば、少しでも国から出るお金が減ると思ってたけど!こんな家の規模じゃ、私が少し節約しただけじゃ全然足りないよぉ」
「聖女が現れるというのは国にとって名誉なことなのだろう?その聖女を囲うために国の金を使って何が悪いというのだ」
「それはそうかもしれないけど!一方的に養われてるだけじゃ自分の存在意義を見失いそうになるというか、最高に居たたまれないというか」
「国が養いたいと言うのだ。養わせておけばよいではないか」
「うーん、だからそうじゃないんだってばぁぁぁ」
人に崇められ敬られることが普通のヨシュカに、一般人の感覚は理解できないようである。美波は頭を抱えたまま唸った。
そこにゲルダが紅茶を持って現れた。ちなみにイルメラは隣接している衣装室で荷物の整理をしている。
「あらあら、どうされたんですかミナミ様」
「ゲルダさぁぁん。どうしたら私でもお金が稼げますか?」
「まあ、お金を?一体どうされたんですか?」
紅茶を淹れるゲルダに、美波は今までの経緯を聞かせた。王城で働けるということはゲルダも敬られる立場の貴族だと思われるが、もしかしたらこの気持ちを分かってもらえるかもしれない。美波は淡い期待を抱いていた。
「今までは労働で対価を得ていらっしゃったからご不安に思うということですね。そうですね、私も働かなくてもお給金をもらえるとなると落ち着かないかもしれませんねえ」
「分かってもらえた…!」
「ですが聖女様に労働をさせるというのは、国として大問題になります。ミナミ様が発明されたレイゾウコのように、実際の開発や製作といった労働は別の方にしていただく方法であれば問題ないかと思うのですが」
「うーん、なるほど。不労収入を目指せばいいってことか」
地球で不労収入といえば不動産や株がぱっと思いつくが、アレスリアでやるにはその元手がない。となれば著作権や特許権などの権利ビジネスが始めやすいが、開発に時間とお金がかかる。地球の知識を生かせば新しいビジネスを始められそうではあるが、具体的なアイディアには至らず。
「んー、もう少しで何かひらめきそうな気がするんだけどなあ」
「ふふっ。ミナミ様がまた何かを新しく始められるなら、私は全力で応援いたします。もし具体的な案があれば、グィードに相談するのもおすすめですよ」
「グィードさん?ゲルダさん、よく知ってるの?」
「はい、グィードとは同じ時期に王城で務めるようになりまして。付き合いは長いんですよ」
「へえ!そうなんだ!」
「グィードは前の主人に引き抜かれて王城を出たあと、右腕として多くの事業に携わっていたと聞いています。きっとミナミ様のお役に立てると思いますよ」
これはいい情報を得た。具体的に案を出して、グィードに相談することを決めた美波であった。
されはさておき。家が欲しいとは言ったものの、ここまで手厚くフォローしてもらえるとは思っていなかった美波は、お礼として何か国に貢献できることはないかと考え始める。
「ではミナミ様、私は少々イルメラを手伝って参りますね」
「あ、うん!ありがとう!」
日本食の食材が手に入るようになったので、サンドイッチのときのように日本食を広げてみる?でも手厚いフォローのお礼としては、少しインパクトが足りないような気がする。じゃあ冷蔵庫のような便利な魔導具を考えてみる?開発に時間がかかるのはもちろん、一般まで広く普及するまでに時間がかかるため、お礼としては即効性が弱い気がする。
「うーん、他に何かあるかなあ。ねえ、ヨシュカ。国へのお礼に何かしたいんだけど、何かいいアイディアないかな?」
「……ん?なんだ?」
どうやらヨシュカはうとうとしていたらしい。寝ぼけ眼がとてもかわいい。
「家は褒賞だからいいとして、グィードさんや他の使用人さんたちを手配してくれたのは王様の厚意でしょ?だからそれにお礼がしたいなと思って」
「…ふむ、お主にしかできぬことがよいだろうな…」
「やっぱりそうだよね。何かあるかなあ」
「……お主が散々文句を言っておったアレは改善できぬのか?」
「ん?アレって?」
「…長距離移動のときの食事がおいしくないと喚いておったではないか。アレが改善できれば、騎士どもも喜ぶだろうな…」
「携帯食…!」
ふああ。大きく口を開けて欠伸をしたかと思えば、ヨシュカはそのまま眠りに落ちてしまった。その仕草は神獣というよりは大型犬のようで心和む光景ではある。
「たしかに携帯食がおいしくなれば、ティーレマンさんも喜んでくれるかも。何よりハーフェン村に帰るときに毎回切ない気持ちにならなくて済む!」
鮮度を保ったまま簡単に調理ができるもの。一番に思いついたのは真空パックだ。早速真空パックについて脳内検索をかけてみる。
(袋の中を真空状態にして封をするってことかあ。理屈は簡単だけど、真空にするために空気を抜く脱気と、封をする密封が意外とハードル高そうだなあ。下手な真空パックだと食中毒の危険性もあるみたいだし)
フェルディナンドに相談をすれば、また嬉々として開発に当たってくれるだろう。しかし開発にどのくらいの期間が見込まれるのか、美波には想像もつかない。できれば早く完成するに越したことはない。
(他に何かあるかな。携帯食に良くて、簡単に調理ができるもの…。あっ、フリーズドライ!)
フリーズドライであればお湯を注ぐだけで調理できるし、何よりも軽い。脳内検索によれば、調理した食品を凍らせてから真空状態で乾燥させるようだ。
(真空状態のハードルは真空パックと同じだけど、凍らせるのは冷凍庫の技術を応用できないかな?)
フリーズドライの開発が成功すれば、真空パックへの足掛かりとなる。早速フェルディナンドに相談してみようと、美波はゲルダに頼んで面会の約束を取り付けてもらったのだった。




