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異世界で文明開化のお手伝いです  作者: 秋乃 よなが
第二章 ソフト系が恋しくなってパンを焼く
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第四話

 

 美波がハーフェン村に来てから約一ヶ月。暦は第五の月になり、村に馴染んでそこでの生活に慣れて来た頃のある日、彼女はふと思った。


(ふわふわのパンが食べたい…!)


 今日は牧場で家畜の餌やりを手伝いながらパン好きの美波が思い出していたのは、かつて東京で食べていた柔らかくて種類が豊富なパンのことだった。


 アレスリアにもパンはある。ハーフェン村にはパン屋が一軒だけあり、美波はそこで仕事を手伝って、報酬としてパンをもらうこともある。そのパンは地球でいうフランスパンに属するもので、小麦粉、水、塩、イーストのシンプルな材料で作られたいわゆるハード系のパンばかりだ。


 別に美波はハード系のパンが嫌いというわけではない。むしろ好きな方で、東京でパン屋に行っていたときは、必ず一つは買って帰っていた。ガーリックフランス、明太フランス、ウィンナーフランスにベーコンエピ。シンプルにバゲットを買って、家で洋食を作ったときに主食とするときだってあった。それでもほぼ毎日ハード系パンを食べ続ければ、自然とソフト系だって食べたくなる。それが今の美波の心境だった。


(パン屋さんの手伝いをしてたからハード系の作り方はなんとなくイメージできるけど……ソフト系も同じ感じで作れるのかな?)


 そうして美波が思い出すのは、初めてアレスリアに来た日のファシエルの言葉。


 ――あなたはただ、このアレスリアで自由に暮らすだけでいいのです。そして元の世界にいたときと同じように、何かをしたい、知りたいと思ったときにその特別な力を発揮するだけ。


 その言葉に従って、美波はソフト系のパンとしては外せない食パンの作り方を頭で考えてみた。


「わあ!」


 美波の脳内で、まるでパソコンやスマートフォンで調べたように検索結果の一覧が浮かぶ。そうしてその内の一つを『選択する』と考えれば、次はその検索結果の詳細な内容が浮かび上がった。


「これ、検索エンジンそのままだ。すごい…」


 いくつかのレシピを調べて、材料は村でも手に入るもので作れると分かる。唯一の懸念点は焼型があるかどうかだが、そこはパン屋の女将さんに相談してみることにする。とりあえずなんとなく食パンが作れそうであると結論を出した美波は、明るい気持ちで検索を終えた。


「これで柔らかいパンが食べられるかもしれない…!」


 ンモォー。笑顔の美波から餌をもらった牛が、タイミングよく鳴いたのだった。


***


「カルラさん、こんにちは!」


「ああ、ミナミ。今朝は家畜の世話を手伝って来たんだね」


「え?どうして分かったんですか?」


 牧場での仕事を終えた美波が向かったのはハーフェン村唯一のパン屋。そこの女将であるカルラに、今日の仕事を言い当てられたのだった。


「今のアンタを見りゃ、誰だって分かると思うよ。ほら、そこ」


 カルラが指差したのは、美波のスカートの裾。そこに一本だけ藁が引っ掛かっていた。


「本当だ。確かにこれだと分かっちゃいますね」


 スカートの裾を払って、藁を落とす。そうしてカルラへと視線を戻した美波は、早速例のことを相談してみた。


「ねえ、カルラさん。柔らかくてほんのり甘いパンに興味はありませんか?」


「柔らかくて甘いパンだって?そんなのは聞いたことがないねえ。なんだい、いきなり」


「実は私の国にそういうパンがあるんですが、ここでも作れないかなと思いまして。作り方は分かるんですが私だけで作ると失敗しそうなので、カルラさんに協力してもらえたら心強いなと思って相談に来ました!」


「へえ、おもしろそうだね!いいよ、うちでやろう!」


 早速、材料や焼型について相談をする美波。材料はもともとパン屋にあるもの以外で足りない分を美波が持ち込むことにし、ひとまず焼型は楕円型の厚手の鍋を使うことにした。そして日を改め、パン屋の営業が落ち着いたある午後のこと。美波とカルラは、初めての食パン作りを開始した。


「カルラさん、よろしくお願いします!」


「はいよ。よろしく」


 パンを作るのはカルラの担当だ。予め作り方をカルラに伝えておき、その手順に間違いや補足がないかをサポートするのが美波の担当だった。


 材料を混ぜて捏ねたパン生地を一次発酵させる。次に大きく膨らんだ生地を二つに分けて丸めて、少し休ませる。そうして鍋に生地を入れた状態で二次発酵させ、パン窯へと入れた。


「今のところ問題なく作れていると思うんですけど……ちゃんと焼けるかなあ」


「バターや牛乳を入れたパンなんてアタシも初めてだからね。どうなるか全然分かんないよ」


 パン窯の前で待機する二人。次第にほんのりと甘い香りが窯の中から漂ってきた。


「そろそろ頃合いかな」


 そう言ったカルラが慣れた手付きで窯から鍋を引っ張り出し、手際よく鍋からパンを取り出す。するとそこには、頭がこんがりと焼けた山型風食パンが転がっていた。


「カルラさん!これは立派な食パンですよ!ちゃんと焼けてる!」


「すごくいい匂いがしてるね。でもまだ味見してみないと分からないよ。熱々だから気を付けてね」


 焼きたての食パンをカルラがちぎって美波に渡す。美波はそれをさらに一口大にちぎって、口の中に放り込んでみた。


「ああ…!おいしい…!」


 ハード系とは違う、ふわふわで少しもちっとした食感。そして口の中で広がる乳製品の甘みは、間違いなく食パンと呼んで差し支えないものだった。


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