第三十七話
「創造神ファシエル様より異世界から召喚され、神獣ヨシュカ様とともにアレスリアの発展を使命とする聖女様が降臨されたのである。――オーツカ様、前へ」
特に正式な催し事では、美波を正しく聖女扱いする。事前に言われていた言葉通り、ベルンハルトの態度はとても恭しく。
「こちらの方こそが聖女ミナミ・オーツカ様である!オーツカ様は既に新たな食文化と魔導具を開発した功績をお持ちだ。そして何より聖教の大聖堂ではファシエル様との対話も実現されたという!そんな聖女様からお言葉を賜るゆえ、心して拝聴せよ!」
(ひぃぃぃいい!!拝聴していただくほどの内容ではないんですが!?!?)
美波の表情は意図せず微笑みの形で固まり、見た目上は問題ない。しかしその心は緊張と冷や汗でドキドキのドロドロになっていた。
「皆さん、初めまして。只今ご紹介に預かりましたミナミ・オーツカです。この度はご縁があり、こうしてアレスリアに訪れることが叶いました。私が生まれ育った世界の知識を持って、この世界の文化を発展させていくお役に立てればと思っています。これからどうぞよろしくお願いします」
美波の挨拶が終わるや否や、王族も含めその場にいた全員が美波に最敬礼を取った。
(いぃぃぃいいい!!!やめてやめてやめてーーー!!!)
予想外の周囲の対応に、心の声をなんとか心の中に押し留めた美波を誰か褒めてほしい。
そうして挨拶は再びベルンハルトへと戻り、乾杯となった。緊張で喉がカラカラになった美波に、フェルディナンドが給仕から受け取った飲み物をそっと渡す。実にスマートである。有り難くそれを頂戴した美波は、本当は一気飲みしたいところを堪え、なるべく優雅に見えるよう少しずつ喉に流した。
「…あれ?」
「ん?どうかしたかい?」
「いえ、こういう場所だと、てっきりお酒が出されるのかと思っていたので…」
そう、美波が飲んだのは果実水である。
「ああ、普通はそうだね。でもミナミの場合は、それがいいかなと思ったんだ」
歩く凶器。実にできる男である。
「もうしばらくすると、楽団の演奏が始まるよ。それから夜会の最初のダンスを私たちだけで踊るんだ」
「……大丈夫ですかね、私…」
少し落ち着いたはずの緊張が帰ってくる。フェルディナンドとのダンスは、今夜の最大の見せ場といっていい場面だ。そのために、毎日どれほど必死に練習したことか。
「ミナミなら大丈夫。それに私が傍についているよ」
「なっ、」
グラスを持っていない方の美波の手を取り、その甲にそっと口づけたフェルディナンド。やっていることは気障で、美波にとっては親しくもない相手にされるのは鳥肌ものであるはずなのだが、そこは歩く凶器。ただ美波は、彼に対してときめくばかりであった。
「ダンスが終わったあとは大勢の人に囲まれると思うから、覚悟しておくといいよ」
「フェ、フェルディナンドさん、頼りにしてます…」
「ふふっ、任されたよ」
しばらくして楽団が音慣らしを始めた。それが合図となり舞踏会場の中央が開かれ、フェルディナンドのエスコートで美波はその中央に立った。
毎日練習したものと同じ曲が流れる。部類としては比較的簡単な曲らしいが、それでも美波にとっては高難度の曲だ。ステップを間違わないよう足元ばかり見てしまう美波に、フェルディナンドは周囲に聞こえない声で囁いた。
「――ミナミ、私と結婚することに前向きになってくれたかい?」
「!?!?」
そう耳元で囁かれ、美波は思わず顔を上げる。そのまま微笑んでいるフェルディナンドと目が合った。
「そう、そのまま。私から目を逸らさないで」
「ス、ステップ間違えちゃいます…っ」
「心配しないで。そのときは私が上手く誤魔化してあげる」
ただでさえダンスで密着しているのに、耳元でこう囁かれては美波の身がもたない。目を泳がせて視線が合わないようにしながらも、フェルディナンドの言う通りに必死に顔を上げたまま踊る美波を、フェルディナンドは可愛く思うのだった。
二人がダンスを終え二曲目が始まると同時に、周囲の人たちも一斉に踊り始めた。そして踊り始めなかった者たちはというと、美波とフェルディナンドに群がっていた。




