第二十八話
「うん、おいしいね。どうだい、ホルスト?」
「はい、そうですね。とはいえどちらかというとベーグルで作ったサンドイッチの方が好みですが」
「それもミナミが考案したものだね。そういえばたしかに君は、仕事中はベーグルサンドばかり食べている気がするな」
「そ、そんなことはありません」
ベーグルサンド好きのホルスト。一見堅物に見えるが、意外とかわいいところもあるのかもしれない。
(ヨシュカもタマゴサンドを待ち遠しく思ってるんだろうなあ)
風通りのよいテラスでひなたぼっこをしていたヨシュカ。夏の終わりが近いとはいえ、まだ十分に暑い。サンドイッチをなるべく早く届けてあげたいと思ったところで、美波ははっと思いついた。目の前にいるのは、新しい魔道具を研究して作れる所長と副所長だ。ならばアレを作ってもらうしかない。念願のアレ。
「あの、フェルディナンドさん。魔導具について、ひとつご相談があるのですが」
「なんだい?前に話してくれたレイゾウコというもののことかな?」
「そう、それです!覚えててくださったんですね」
「興味があることは忘れないよ。何か手がかりが見つかった?」
「手がかりというか…えっと、イルメラさん、紙とペンはありますか?」
イルメラが用意する間に、脳内検索で冷蔵庫の仕組みについて情報を探る。
(うわっ。これ、ちょっと説明するのが難しいかも…)
でもきっと拙い説明でも、フェルディナントとホルストなら開発のきっかけにしてくれる。そう信じて美波は検索した情報の説明を始めた。
「素人の説明で恐縮なのですが…構造としては、物質が変化する際に熱を吸収したり排出したりする性質を使っています。例えば水が液体から気体へと変化する際には熱を吸収し、気体から液体へ変化する際には熱を排出します。どうやら冷蔵庫はこの仕組みを使っているようなんです」
「ふむ…。そういえば前に氷室を魔導具として作ろうとしていたチームは、中を直接冷やそうとしていたね。だから効率が悪くて上手くいかなかったのか…」
「レイゾウコ?一体何の話をされているのです?」
ホルストには初耳の話である。美波は自分が異世界から来たことは伏せたままで、改めて冷蔵庫がどういうものかを説明したのだった。
「そんなことを思いつくなんて聖女様は天才か…!?」
冷蔵庫は、ホルストにとってかなり衝撃的な発明だったらしい。美波を見る目が、一気に尊敬の眼差しへと変わった。美波にとっては先人の知恵であるとは言えず、ただ心苦しい状況である。
「水を用いるのであれば、当然水の魔石が必要ですね。気化と液化には火の魔石でしょうか」
「そうだね。あとは熱の吸排効率を高めるために風の魔石も必要かもしれない。ただ、複数の魔石に精密なコントロールを要するとなると、かなり複雑な設計になるね」
あとはもう本職に任せるだけである。熱論を繰り広げる二人は試作してみたくなったのか、おもむろに立ち上がる。
「サンドイッチをありがとう、ミナミ。レイゾウコのことは任せておいて」
「馳走になりました、聖女様。レイゾウコの件はすぐに着手いたします」
そうして足早に厨房から去っていく二人を、美波は期待に満ちた目で見送ったのだった。




