第二十七話
ハーフェン村への帰省から約一ヶ月後。王城での生活にも随分と慣れてきた美波は、ヨシュカにせがまれてタマゴサンドを作るため、サブの厨房に訪れていた。食材はメインの厨房から譲ってもらったので、タマゴフィリングを作って挟むだけ。付き添いのイルメラにも手伝ってもらいながら、手際よく調理を進める美波のもとに現れたのは、フェルディナンドだった。
「おはよう、ミナミ。今朝は貴女がサンドイッチを作ると聞いてね。私も少しもらえないかと思って来てみたんだ」
「フェ、フェルディナンドさん、おはようございます」
美波とフェルディナンドがきちんと言葉を交わすのは、これで三度目である。実は最初のお茶会の後にも、これまた王妃主催のお茶会で会っていたのである。さすがに二度目のお茶会は二人きりではなかったものの、いつの間にかフェルディナンドはくだけた口調で美波に接するようになっていた。
「まだそんな警戒しているような顔をするのかい?私に慣れてもらうには、これはもう少し頻繁に会う方がよさそうだ」
「いいいえ!十分です!大丈夫です!」
美波はフェルディナンドの色気に弱い。これは本人も既知の事実である。
「ふふっ。ミナミは本当にかわいいね」
「っ、揶揄うのもほどほどにしてください!」
「そうですよ。さっさと用件を済ませてお戻りください、所長」
フェルディナンドの圧倒的な存在感に隠されていたもう一人の人物。眼鏡の奥に見えるキリリと
した目つきが印象的な人物だった。
「そう急かさないでよ、ホルスト。勝手について来たのは君じゃないか」
「それは貴方様が仕事を放り出して出かけようとなさったからでしょう。確認していただきたいことが山ほどあるんですよ。早くお戻りになってください」
(わあ。見た目通り、真面目そうな人だなあ)
「………」
「ひゃっ」
まるで美波の心の声が聞こえたかのように、ホルストと呼ばれた人物の視線が美波へと向く。
「ごめんね、ミナミ。彼は別に睨んでいるわけじゃないんだよ。少し目つきが悪いだけなんだ」
「相変わらず失礼ですね、所長」
「彼はホルスト・ウィッテンバーグ。私が勤めている王立魔導研究所の副所長であり、私の補佐官でもあるんだ」
「――名乗り遅れました。ホルスト・ウィッテンバーグと申します」
「わ、私は大塚 美波です」
「はい、存じ上げております、聖女様」
(な、なんかツンツンしてる…!?)
「誰にでもこんな態度だから気にすることはないよ、ミナミ」
美波の動揺が見て取れたのか、フェルディナンドのフォローが入ったのだった。
「ご歓談中に失礼いたします、王弟殿下。サンドイッチはお持ち帰りになりますでしょうか?」
「いや、ミナミさえよければここで食べて行きたいのだが、どうだろうか?」
「あ、はい。どうぞ」
「かしこまりました。ミナミ様、私はお茶の用意をして参ります」
「うん、ありがとうイルメラさん」
さっと厨房から立ち去るイルメラ。よくできた侍女である。
「所長、私の話を聞いていましたか?確認していただきたいことが山ほどあると、」
「あとでちゃんと確認するよ。それより君も、ミナミのサンドイッチをいただくといい」
「………」
無言で抗議するようにフェルディナンドを見つめるホルスト。しかしどうにもならないと諦めたのか小さく息を吐いて、フェルディナンドと並んで椅子に座った。
そんな二人の様子を見て美波は苦笑しながら、最後の仕上げをしていく。残りのタマゴフィリングを食パンに挟んでいき、三角になるように半分にカットする。本当はイルメラと一緒に食べたかったが、フェルディナンドが来た今では彼女は侍女業に専念するだろう。二人分のサンドイッチをよけて、残りはヨシュカに届けられるようにまとめておいた。
「お待たせしました」
フェルディナンドとホルストの前にタマゴサンドの乗ったお皿を置く。それに少し遅れてイルメラが現れ、フィンガーボール、ナフキン、紅茶などの準備を手際よく進める。
「ではいただこう」
ちなみに余談だが、サンドイッチは気軽に手で掴んで食べられる。ゆえに仕事のときにも食べやすい。その話が広まったらしく、サンドイッチにナイフとフォークを使う人はいなくなったそうだ。




