第二十五話
第七の月の終わり頃、美波はハーフェン村へと帰省できる日を迎えた。王室、聖教ともに認めた大事な聖女なのだ。王都から村までのルート確認や護衛の配備などが入念に行われたため、準備に時間がかかったようである。
「ようやくみんなに会えるのかあ。一ヶ月ぶりくらいだな。みんな元気にしてるかな」
王様に呼ばれて王都に行ってくると伝えたきり、一ヶ月も会えなかったのだ。王城から連絡を飛ばしてくれたらしいが、それでも村長やカルラは心配してくれているに違いない。
「はい、ミナミ様。できましたよ」
「ありがとう、ゲルダさん!」
シンプルな装飾の軽い生地の服に、歩きやすそうなブーツ。ハーフェン村ではお目にかかれないほど上等な肌触りの服に身を包み、美波は着替えを手伝ってくれたゲルダにお礼を言った。
「お荷物の準備も完了しました」
それとほぼ同時に、イルメラがトランクとポシェットを持って現れる。服や生活用品は村にそろっていると伝えたものの、王城から持って行くように侍女二人に強く勧められたのだった。
「しばらくミナミ様がご不在だと寂しくなりますわね。けれど、本当にイルメラを連れて行かなくてよろしいのですか?」
「うん、大丈夫。村には一泊しかしないから」
美波が王城に留まることになり、ゲルダとイルメラは正式に彼女の専属侍女となった。そしてかなり打ち解けてきた頃にハーフェン村行きが決まり、ゲルダはこれにイルメラを連れて行くように美波に申し出ていたのだった。
「本当はもうちょっと滞在したかったんだけどね。護衛の人たちの都合もあるだろうし、しかたないよね。直接会えるだけマシだし」
心からそう思っているのか、美波の表情に悲傷感はなく。そのまま馬車の元へと向かえば、そこには例のごとくリステアードが待っていた。
「おはようございます、オーツカ様」
「おはようございます、ティーレマンさん」
美波の護衛といえば、毎度リステアードが登場する。『団長という割りに暇なのか?』という一抹の思いが美波の脳裏によぎったことは否めない。
「今回のご帰省には、私と部下六名で同行させていただきます。しばしの期間、よろしくお願いいたします」
(護衛が多いな!?そういえばハーフェン村に私を迎えに来たときも部下を連れてたっけ)
ハーフェン村までの道のりは、比較的安全である。とはいえ魔物が出ることもあり、聖女への万全の護衛体制として、少々多い気がする人数になったのだった。
そしてこれから始まる十日間の馬車旅。城から前回よりも豪華で高級そうな馬車が手配されたので快適さは問題ないだろう。唯一の懸念点があるとするなら、そう、食事である。出発した馬車に揺られながら、美波は明日からの食事のことを思って、ややげんなりとした顔をした。
ちなみに今回、リステアードは馬に乗って護衛しているため、馬車に乗っているのは彼女一人。変な緊張がないので快適である。村までの旅路は順調に進み、もうそろそろ村が見えてくるというところで、旅の食事の一部を振り返ってみよう。
初日。出発した日はまだ新鮮な食材があるため、昼はサンドイッチ、夜は食パンと羊肉の香草焼きだった。
二日目。朝は小麦のお粥、昼はパン・ド・カンパーニュに似た日持ちのするハード系のパンにチーズと塩漬けの肉、夜は昼のパンと干し肉と野菜のシチュー。
三日目。朝と昼は二日目と同じ。夜は、道中で捕まえた鹿肉の串焼き。
四日目。ここから主食が例の瓦せんべいより硬いビスケットに変わった。主菜も徐々に質素になっていく。朝のお粥も毎日同じ味付けで飽きたところではあるが、ビスケットよりは全然おいしい。唯一の慰めといえば、一日一度だけ食べられるドライフルーツだった。
(絶望的なごはんとも今日でおさらば!)
すぐに王都へ戻るため、早々に携帯食生活は再開されるわけだが、美波はひとまずそのことは置いておくことにした。そして一行はハーフェン村へと到着する。
「ミナミ!おかえり!」
「おかえりなさい、ミナミ」
「よく帰ってきたな!」
「待ってたよ」
仕事の手を止めて、村人総出で出迎えに来てくれたらしい。久しぶりに見るみんなの顔と温かい歓迎に、美波の目頭は熱くなった。
「みんな…!ただいま…!」
馬車から駆け下りて、一人一人と言葉を交わす。村長は労わるように美波の肩を優しく叩いてくれ、カルラはぎゅっと抱きしめてくれた。それだけで、美波にはハーフェン村に帰ってきた意味があった。
王都からの一行はそのまま村長の家へと向かう。そこで、美波が聖女であること、拠点を王都へ移すことは村人たちには周知されていることを知る。たった一泊しかできないからと、今夜は村人全員で広場に集まり、美波のために宴会を開いてくれた。
「ミナミ!また一段とおいしい食パンが焼けるようになったんだよ!食べとくれよ!」
変わらない溌剌としたカルラ。
「ミナミ、お城はどんなところだったー?おしえておしえてー」
王都での話をせがむ子どもたち。
「ミナミがいないとなーんか牛の機嫌が悪い気がするんだよなあ」
美波を恋しがってくれる村人たち。どの姿も、美波を幸せな気持ちにさせた。




