第二十四話
「――でもオーツカ様が聖女であろうとなかろうと、ハーフェン村で一緒に過ごした時間は楽しかったですし、サンドイッチもおいしかったです」
(っ、天然無自覚イケメンか…!)
本人は決して口説き文句だとは思っていないだろう。しかしそのイケメンっぷりも相まって、リステアードのその言葉は美波をときめかせるには十分だった。
そしてその日の夜。ゲルダとイルメラが下がって一人きりとなった自室で、美波はファシエルからもらった手鏡を覗き込んでいた。
「手に持って、話したい相手を思い浮かべるだけって言ってたよね」
もしかしたら時差とかあるのかもしれない。日本とどう繋がるか分からないが、タイミングが悪くて誰とも話せないかもしれない。それでもまずは試してみるべきだと、美波は日本にいる両親のことを想った。
(お父さん、お母さん…!)
美波の想いに呼応して、鏡が淡く光る。そうして手鏡に移っていたのは、パジャマで歯磨き中の父の姿だった。
「はえ?ひはひ?」
「お、お父さん?それ、一体どういう状況なの?」
父に会えた感動よりも混乱が勝った。父は手で美波を制止すると、すばやく歯磨きを終わらせて、再び美波と向かい合った。
(いや、久しぶりの娘なのに歯磨きを優先するんかーい。もしくはあれか?時間の流れが違うとか?)
「いやあ、すまんすまん。寝る前の歯磨き中だったもんでな」
「あ、うん。なんかこっちこそごめん。って、歯磨き中って何?もしかして洗面台にいるの?」
「うん、そうだ。歯磨きしてたら急に洗面台の鏡に美波が映ったんだ。父さん驚いたぞ」
(いや、その割りに最後まで歯磨きしてましたけど!?)
「いやあ、久しぶりだなあ、美波。元気にしてたか?」
「うん、一応。って、え?ちょっと待って?なんでそんなに落ち着いてるの?」
美波の感覚でいうと完全に音信不通になってから三ヶ月ぶりである。そして不思議なことに鏡越しでの再会。それらを踏まえると、父の落ち着きぶりは異様である。
「いやあ、父さんたちも最初は驚いたぞ?なんせ神様の使いっていう人がいきなり家に来て、美波は異世界に行きましたーなんて言うんだから」
「えっ!?そんな人が家に来たの!?」
これは予想外の展開である。
「最初は新手の詐欺かと疑ってたんだけどなあ。美波が異世界に行った経緯や、異世界でどんな風にすごしているかを話してくれてな。なんだかその人が嘘をついているようには思えなくなったんだ」
「そ、それで信じちゃったの?」
「そう遠くないタイミングで、美波が聖物とやらを受け取って連絡してくるかもしれないって教えてくれたからな。母さんと話して、少し様子を見てみようってことになったんだ」
「え、えええ…」
美波の父は、なんとも気楽というかお人好しというか、どこか抜けた人物であった。
「あ、母さんとも話したいよな?ちょっと待っててくれ。呼んでくるから」
『母さーん』と呼びながらどこかへと行く父の後ろ姿に、美波は小さく息をついた。自分が寂しがっていたほど、両親たちに心配をかけていないようなのは良かった。だが、しかし。もうちょっとこう緊張感や感動というものはないのだろうか。異世界に行った娘とようやく会えたんだぞ?海外とかじゃないぞ、異世界だぞ?
「あらあ、美波。元気そうねえ。やつれたりしてないみたいで、安心したわあ」
母と書いて、のんびりと読む。それを体現したような人物が美波の母である。洗面台の鏡に娘が映っているという異様な光景にも驚かず、母はいつものようににこにこと微笑んでいた。
「心配してたんだけど、その分なら大丈夫そうねえ。神様の使いさんの言ってたこと、ちゃあんと本当だったのねえ」
「……うん、ちゃんと生活してるよ。周りの人たちにも良くしてもらってる」
一応は心配してくれていたようである。母の変わらない微笑みを見ていると、美波の胸はじわっと熱くなった。
「お父さん、お母さん。もう直接は会えないらしいけど、こうして鏡越しに会うことはできるから。心配かけてごめんね」
「子どもを心配するのが親ってものよお。美波がつらい思いをせずに元気でいてくれるのが一番なのよ」
「そうだぞ。こうやって会いに来てくれて、父さんも母さんもうれしいんだからな」
「うん…ありがとう」
少々予想外のことはあったものの、日本と連絡を取ることに成功した美波。両親で会えたことで元気になった美波は、明日からまた頑張るぞと思いながら、今夜は眠りについたのだった。




