第二十二話
美波の大聖堂訪問の許可はすぐに下りた。今日はその訪問日で控えていた馬車の前に立っていたのは、ハーフェン村を出立した日ぶりのリステアードだった。
「ご無沙汰しております、聖女様。今日は私が護衛の任を務めさせていただきます」
そう言ってにこりと笑うリステアードは、今日も陰ることなく輝くイケメンである。眩しすぎて直視できない美波は、失礼にならないようリステアードの襟元を見ながら話す。
「き、騎士団長様にわざわざ護衛いただくなんて恐れ多い…」
「何を仰いますか。聖女様の護衛ができるなど、騎士としてこれ以上の誉れはありません」
「あ、はは…」
声を大にして言いたい。私は決して聖女などではない。とはいえ、そんなことを言ったところで「ご謙遜を~」「恥ずかしがっていらっしゃる~」などど、まともに取り合ってもらえないことは学習済みの美波である。
「お手をどうぞ、聖女様。大聖堂までは馬車で向かいます」
「あ。ありがとうございます」
明らかに王室のものだと分かる煌びやかな馬車にリステアードと乗り込み、大聖堂に向けて出発する。その道中での会話はお互いに変わりがないか、美波の王城での暮らしについて、そして何よりも重要な『聖女』呼びと丁寧すぎる態度をやめさせることだった。
当然、最後の話についてはリステアードから激しい抵抗を受ける。それでも美波は引き下がらないが、リステアードだって引き下がらない。穏やかな平行線が続く。
「~~っ、そこまで言うなら分かりました!これはもう聖女からのお願いです!」
「………!」
美波は最後の切り札として、聖女の権威を振りかざす。リステアードはそれに逆らう術などなく、聖女に許された形で、結論は美波の要望を叶えることで終わったのだった。
それとほぼ同時に、走っていた馬車の動きが止まる。どうやら目的の場所に到着したらしく、馬車の扉が外側から開かれた。
「お待ちしておりました、オーツカ様。聖教の大司教、ロルフェ・ヴェヒターでございます」
先に馬車から降りたリステアードの手を取り現れた美波に、中年の男性がそう挨拶をした。美波のことを『聖女』と呼ばないあたり、聖教としてはまだ美波が聖女であるかどうか確認中であることを匂わせていた。
とはいえ、美波を迎えたのは大司教である。聖教で二番目の地位にいる人物を送ることで、聖教は王室の権威に敬意を払っていることが伺えた。
「初めまして、ヴェヒターさん。ミナミ・オオツカです。今日はよろしくお願いします」
相手は自分のことを『様』付けで呼ぶのに、自分は相手を『さん』付けで呼ぶことに激しい違和感を覚える美波。それでもそのようにせよというのがゲルダの教えである。聖女のマナー的にはこれが正しいということなのだろう。一般庶民の美波の気持ちはさておき。
大司教ロルフェの案内で、美波は地球ではゴシック建築と呼べそうな荘厳な建物の扉を潜る。そしてすぐに目の前に広がる鮮やかなステンドグラスの数々と、今にも舞い降りてきそうな天使らしき絵が描かれた吹き抜けの天井に圧倒された。
「すごい…」
「建築されたのはおおよそ千年前で、改築や修繕を経て現在の姿になっております」
地球であれば世界遺産に登録されていそうなほど、立派な観光名所になる場所だ。さすが大聖堂と呼ばれるだけはある。一方で参拝者の姿が見えないのは、美波のための配慮だということをロルフェが教えてくれた。申し訳ない。
「こちらが創造神ファシエルさまの像でございます。お祈りをされますか?」
美波はまだ、実際のファシエルの姿を見てはいない。石像ながらも美しい女性の姿を彷彿とさせる女神像に向かって、彼女は膝をついて手を組み、見よう見まねで祈りを捧げてみた。
(こんな感じでいいのかな…?――神様、聞こえますか?大塚 美波、王都の大聖堂に参上しましたよー)
女神に向けて雑に心の中で声をかけたとき。女神像が強烈な光を放って輝いたかと思えば、視界が戻ったときには、美波は見知らぬ場所に立っていた。
晴れ渡る青空に、見渡す限りに広がる豊かな自然の中に見える白亜の立派なガゼボがひとつ。そこに一人の女性が立って、美波を手招きしていた。
「もしかして…神様、ですか?」
黄金と呼ぶにふさわしい色の髪が、日の光を反射してキラキラと輝く。その女性はガゼボまで来た美波に向けて、同性でも思わずうっとりしてしまう微笑みを向けた。
「ようやく会えましたね、ミナミ。どれほどあなたと会える日を待ち侘びていたことか」
その声は、美波に脳内で話しかけてきていたファシエルそのものだった。
(さすが女神というだけあって、歩く誘惑を超えるずっと見てられる美しさ…!)
「王都までの道のりは大変だったでしょう?あなたを見守っていましたが、顔色があまり優れないようでしたね」
「あ、はい。騎士団の皆さんが気を遣ってくれたのでそこまで苦ではなかったですが、ごはんだけは悪夢のようでした」
「ああ…、地球はおいしそうなものがいっぱいですものね。いずれそこもミナミが変化をもたらしてくれるのではないかと期待していますね」
「はあ…」
自由に過ごせばいいと言いつつ、さりげなく要求を混ぜてくる女神である。