第二十一話
「『貴女に対して何に気を付ければいいのかが分かるかと思う』などと言っておいて、結局は慣れていただくしかないという結果になってしまったのは申し訳ないので、早速慣れていただく練習をしましょうか」
「はい…え?はい?」
「今日はお互いのことを話してみるというのはどうでしょう?オーツカ嬢に私を知っていただくことで、貴女を困らせているという色気も少しは緩和できるかもしれません」
今までの社交的で義務的な態度とは打って変わって、友好的でやや積極的とも思えるフェルディナンドの態度。色気がつらい発言で、やはり『おもしれー女』フラグが立った。のかもしれない。
「オーツカ嬢はファシエル様のお導きでこの世界にいらっしゃったのでしたね。元の世界はどんなところだったのですか?」
「…私がいた元の世界は地球と呼ばれていて、たしか二百くらいの国がありました。私はその中で日本という島国にいたんです」
日本には雪国・北海道から南国・沖縄という地域があること。日本語という言語を話し、漢字、ひらがな、カタカナと三種類の文字を使っていること。美波は東京というコンクリートジャングルで生活をしていて、アレスリアのように魔法はなくとも、機械技術が発達して便利な生活をしていたことなどを話していく。
「こちらの魔道具が魔力で動かせるように、地球では機械をまた別で作り出したエネルギーで動かしているのですね…。とても興味深いです」
王立魔導研究所の所長を務める仕事人間のフェルディナンド。やはり気になるのは機械技術らしい。
「フェルディナンドさんのいる研究所ではどんなお仕事をされてるんですか?」
「初めてお会いしたときにお伝えしたかもしれませんが、私がいるのは王立魔導研究所といって、魔力を必要とするならなんでも研究対象になるようなところなのです」
アレスリアで日常的に使われている魔道具はもちろん、武器や防具、薬などにも魔力を介して作成されものがあり、その素材を研究することもあるらしい。フェルディナンドが研究したもので一般的に使われているものの例として、個人の魔力を鍵として施錠・解錠ができる魔道具があるということだ。
(自分の魔力が鍵になるなら、物理的に鍵を落としたり失くしたりしなくて済むから便利そうではあるなあ)
そんなことを考えていた美波の頭に、ふととあることが過ぎった。
「……フェルディナンドさん、新しい魔道具を研究して作れるってことですよね?」
「必ず作れるという保証はありませんが、そのような仕事をしていますね」
「それでいうと私、ぜひ欲しいものがありまして!冷蔵庫という低温を保てる箱で、生鮮食品を保管するのにぴったりな道具なんです!」
サンドイッチが日持ちしない最大の理由は温度管理ができないことである。せめて冷蔵庫に入れられればもう少し長い時間で保管できるのに、と美波は常々思っていた。
「レイゾウコですか…。低温を保つという意味では氷室を魔道具で作ろうとしているチームがいましたが、実用的なところまで研究が進んでいない状況だったと思います。約一時間ごとに魔石に魔力供給をして、やっとワイングラス一つ分程度の箱を冷やせると報告があった気がしますね」
「今すぐというわけにはいきませんが、私の方でも冷蔵庫を作る手掛かりを探してみます。手掛かりがあれば、製作を協力してもらえますか…?」
「もちろんです。新しい研究はいつでも大歓迎ですよ」
フェルディナンドの満面の笑みに、大歓迎だというのは本音だろうと美波は安堵する。研究所の所長というのだから、それなりに忙しいはずである。そんな中、新しい道具を作ってほしいというのはいささか無遠慮すぎたかと心配だったが、杞憂だったようだ。
「貴女の知識には他にもおもしろそうなものがありそうですね。もっとたくさん聞き出していきたいところです」
「は、はあ…」
「私としては貴女との婚姻という秘密裏の王命もあるので、ぜひこれからもよろしくお願いしますね、ミナミ」
「っ!?!?」
意外にも会話が弾み、フェルディナンドが楽しそうな明るい雰囲気だったため、美波は完全に油断していた。『婚姻話を暴露している時点で秘密じゃない』などとフェルディナンドの言葉に心の中で突っ込みを入れているところに、最後、妙に艶っぽく名前を呼ばれてしまった。しかも名前の呼び捨てで。
「~~っ、フェルディナンドさん…!」
「ははっ。申し訳ありません、つい」
どうみても意図的に色気を醸し出したフェルディナンドは、美波の無言の抗議にも楽しそうに笑い返したのだった。




