第二十話
「オーツカ嬢が私を警戒されているご様子でしたので」
(バレてた!)
「痛くもない腹を探られるくらいなら最初からさらけ出そうと思い、お話しました」
(私が警戒しているのは、あなたがその無駄に垂れ流してる色気だなんて言えない…!なんかごめんなさい…!)
「警戒されているのであればなるべくオーツカ嬢には近寄らないようにしようと思っていましたが、今お話した通り状況が変わりました。今回のお茶会のように、オーツカ嬢が望まぬとも、周囲の手によって私と会う機会が増えていくことでしょう」
(王家は私のことを聖女だと敬いながらも、しっかり政治に利用する気があるってことか。国民からすれば頼もしいけど、利用される本人としてはなんともいえない気持ちになるなあ…)
「そこでご提案です。無理強いをするわけではありませんが、オーツカ嬢が私を警戒している理由を教えていただくことはできますか?どうせ会う機会が増えるのであれば、双方にとってなるべく負担が少なくする方がいいですし、私も貴女に対して何に気を付ければいいのかが分かるかと思うのです」
フェルディナンドの言動は、美しい微笑みも相まって、実に誠実な対応を務めてくれている気持ちになる。しかし捻くれた見方をするのではあれば、『こちらも正直に話したのだからそちらも正直に話したらどうだ?警戒している相手と会うのは自分も気が乗らないが、状況的にやむを得ないので、少しでも気が楽になるように二人で暗黙のルールでも作ればいいのでは?』という義務的な言葉に聞こえなくもない。
とはいえ、美波がフェルディナンドを警戒している理由は大したことではない。ひどく個人的な理由で、彼本人が気を付けられるかどうかも微妙である。そして何より正直に話すには恥ずかしすぎる内容だ。
(正直に話すってなんて言えばいいの…!?色気に当てられそうなので自重してください?その色気をしまってください?――こんなこと言えるわけがない!!)
明らかに戸惑っている様子の美波を見て、フェルディナンドは溜息をつきたくなるのを堪える。少しでも煩わしいことを減らそうと思ったが、どうやら上手くいかなかったようだ。研究する時間を削られるばかりか、聖女という気を遣わねばならない立場の者との時間。仕事好きなフェルディナンドにとっては苦痛である。王と王妃にも面倒だと言ったものの、秘密裏の王命だと言われてしまえば従うより他ない。聖女本人に暴露した以上、もはや秘密裏でも何でもないのだが。
「……やはりお話いただくのは難しいようですね…」
もう一押しとして、フェルディナンドは愁いた表情を作って見せる。優しくすることで聖女から好意を持たれるとそれはそれで煩わしいとは思うのが、結果的に婚姻できるのであれば王命を果たすという義務は全うできる。婚姻したあとは、何かと理由をつけて放っておけばいい。
そう、フェルディナンドは自分の美貌を理解した上で、それを利用する計算高さと社交性を身に着けている人物であった。そしてそんな彼が最優先する事項は仕事である。
一方の美波は、フェルディナンドの計算通り、彼の悲しげな表情がじわじわと効いていた。
(くぅ…!美人の悲しみ顔はずるい…!いっそ正直に話してしまった方が楽になる?失礼ついでに、あまりこちらを見ないでくださいとか、なるべく無表情を心がけてくださいとか言っちゃう!?)
「…無理なお願いをしたようで申し訳ありません。私の提案はお忘れください」
(ああああ!ダメ!引き下がらないで!)
押してダメなら引いてみろ作戦が功を成した瞬間だった。
「フェ、フェルディナンドさんの色気がつらいんです…!!」
「………」
予想だにしない美波の言葉に、フェルディナンドおよび周囲で待機していた侍女たちが固まった。
「私が見る分にはいいんです!とてもお綺麗なのでいつまでも見てられます!ただ、フェルディナンドさんが私を見るのはやめてほしいです!その色気はもはや毒気といっても過言じゃないです!」
「――ふっ、」
誰もが言葉を失う中、沈黙を破ったのはフェルディナンドだった。
「ははっ。そんな理由で私を警戒してたって?それは全然予想してない答えだったなあ」
(わわ…!美人の眩しい笑顔…!そんな風にも笑うんだ…!)
丁寧な言葉遣いが取れて屈託なく笑うフェルディナンドをきっかけに、声は立てずとも周囲の侍女たちからも笑みが零れる。
「色気については自分ではどうしようもないので、恐縮ながらオーツカ嬢には慣れていただくしかないですね」
「で、ですよね…」
本音を暴露したお陰か、先ほどのフェルディナンドの意外にも明るい笑顔を見たお陰か。幾分かフェルディナンドへの警戒心が和らいだ気がする美波。ちなみに色気のある美人が屈託ない笑顔を見せてくれるというのは、漫画やアニメでは何かしらのフラグが立った瞬間というのが王道かと思われるが、果たして。




