第十七話
「あら?おかしいわね?リステアードもハーフェン村で巨大な狼を見たと言っていて、その傍にいたのは間違いなくあなただと言っていたわよ?」
「………」
撃沈である。第一騎士団と一緒に王都に行くと決めた日の夜、たしかに美波はヨシュカと会っていた。そのときにリステアードに見られたのかもしれないし、それより前の視察で見られていたのかもしれない。どちらにせよ、第一騎士団の団長が証人なのだ。美波が変に小細工をしたところで、フェオドラが噂の当人が美波だと確信していることは変わらない。
「この世界で『巨大な白い狼』といえば、誰もが思い浮かべる存在があるのよ。創造神ファシエル様の御使いである気高き神獣様ね」
(タマゴサンド好きのヨシュカと気高き神獣様が一致しない…!)
「もし噂になっているのが神獣様だという可能性が少しでもあるのなら。王族として、この噂を見過ごすことはできないの。分かってくれるかしら?」
(や、優しそうな人だと思ってたのにけっこうグイグイ来るな、この王妃様…!)
「――オーツカ嬢よ。其方と共にいたという狼、ここに呼ぶことはできるか?」
(ついに王様が口を開いたー!疑問形ではあるけど、呼ばないパターンはないやつだ、これ!)
ヨシュカを呼ぶことも想定して、庭での昼食会だったのだろうか?パンの話はついでで、本命はヨシュカのことだったのだろうか?
(……いや、パンも本当に喜んでくれてたみたいだし、両方確認したかったんだろうな…)
何にせよ、美波はヨシュカを呼ぶしかないのである。
(ヨシュカ、呼べば駆けつけてくれるって言ってたよね。呼ぶって、名前を呼べばいいのかな?)
正しい呼び方は不明だが、とりあえず美波は王族に断りを入れてから席を立ち、テーブルから少し距離を取る。そして息を短く吐いてから、その名を呼んだ。
「ヨシュカ、来て」
少しの間を置いて突然強い風が吹き抜けたかと思えば、金色の瞳を輝かせたヨシュカが美波と向かい合うように立っていた。
「ヨシュカ!来てくれたんだね!」
「お主が呼んだのではないか。タマゴサンドの約束、よもや忘れておらぬだろうな?」
ヨシュカの憎まれ口も随分と久しぶりな気がする。美波は懐かしさと目の前のもふもふに我慢できなくなって、思わず目の前の白い毛並に抱き着いた。
「もちろん忘れてないよ!ヨシュカ、来てくれてありがとう!」
「こらっ、小娘!やめぬか!」
ふわっふわの毛並に顔を埋めると、『お日様の匂い』と呼べるような心地よい香りがする。久しぶりのヨシュカとの再会で完全に周りが見えなくなっていた美波だったが、王族の声が彼女を現実に引き戻した。
「輝く純白の毛並に、煌めく金色の瞳…!そして人語を話す巨大な狼…!」
「間違いないわ…!神獣様よ…!」
ひどく驚いたベルンハルトとフェオドラの声に、美波は我に返る。痴態を晒してしまったと慌ててヨシュカから離れれば、そこには膝を着いて頭を下げている二人の姿があった。
「ひぃぃぃぃいいい!!何してるんですか、二人とも!!」
「神獣様を前に顔を上げるなど図が高い…!」
「ふむ。我が何者か、お主らは分かっているようだな」
高貴な王族が頭を下げている光景に冷や汗が止まらない美波に反し、ヨシュカはそれが当然という態度で悠然と王族を見下ろしている。
「ヨ、ヨヨヨシュカ!立ち上がってもらってよ!こんなの私の心臓が持たないってば!」
「何を言うか。本来はこれが我に対する真っ当な態度なのだ。お主も少しは見習うがよい」
「王様!王妃様!頭を上げてください!ほら、ヨシュカからも言ってよ!」
「…仕方がない。お主ら、立ち上がるとよい」
ヨシュカの許しを得て、ベルンハルトとフェオドラがゆっくりと立ち上がる。そして困惑した表情で、美波とヨシュカを見た。
「…僭越ながら、神獣様とオーツカ嬢は一体どのようなご関係ですか?」
この世界の神獣を呼べて、さらに対等に会話をする人間が何者なのか気にならないはずがない。実のところ王族は、リステアードも見たという『巨大な白い狼』がまさか本当に神獣だと考えておらず、『美味しくて斬新なパンを作る村娘に会うついでに、もうひとつの噂話も念のために確認しておくか』という気持ちだったのだ。
「この小娘はな、このアレスリアのためにファシエル様が召喚した者だ。我はファシエル様に代わり、この娘を見守り、手助けをする役目を担っておるのだ」
「ファ、ファシエル様がオーツカ嬢を召喚された、ですって…?」
「創造神様によりこの世界に招かれ、神獣様と共に行動している、と…?」
ヨシュカの話を聞くなり、ベルンハルトとフェオドラの顔色が変わる。声を震わせながら二人は美波を見て、口を揃えてこう言った。
「「ウェインストックに聖女が降臨された…!!」」
「ちがーう!それは絶対違います!!」
聖女認定を即座に否定する美波だったが、その声は王族には届かず。慌ただしく動き出した周囲に、ただ白目を剥くしかないのだった。




