第十六話
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「急なお誘いごめんなさいね。折角ならオーツカ嬢と一緒にサンドイッチを食べようと思ったの」
「……はい。ご招待ありがとうございます」
昼食の場所は色とりどりの花が咲く庭にある大きなガゼボの中だった。
フェオドラからの誘いということで二人きり、または王子ジークフリートか王女オティリエが同席するかと思っていれば、まさかのベルンハルトだった。
(王様って忙しいものなんじゃ…?)
もしくは、どうしてもサンドイッチを食べてみたかったからどうにか同席したという可能性も否定できない。
全員が席に着いたところで給仕が始まった。昨夜の夕食ほどではないが、しっかりとした量のコース料理が運ばれてくる。
(毎日こんなごはんを食べ続けたら、間違いなく太る)
一日三食、量はたっぷり、味付けもしっかり、食後にはデザート、そして寝る前にはちょっとした夜食も出してもらえる。夜食は甘いもの、しょっぱいもののどちらか、または両方を選べるが、さすがに夜食は危険だと、美波はこの二日間断り続けていた。
身体付きがしっかりしているベルンハルトならともかく、華奢なフェオドラもこの食事量を平らげているのかと思いきや、どうやらそうでもないらしい。『本命のサンドイッチが食べられないと困るから』と、運ばれてきた食事を少しずつ残していた。
(この量は王様向けって感じかな?)
そんなことを考えている内に、この昼食のメイン、サンドイッチが運ばれてくる。三角形に切られた食パンの中に、赤、緑、黄色の綺麗な断面が並んでいる。それを見たフェオドラは目を輝かせながら、『まあ』と感嘆の声を漏らした。
「色とりどりで綺麗だわ」
「サンドイッチのお味は、赤いものがハムサンド、緑のものがキューカンバーサンド、黄色いものがタマゴサンドです」
「緑のものは、あのキューカンバーか?とてもパンに合うとは思えんが…」
「野菜独特の香りと味がありますからね。ですが一緒に中に入っているマヨネーズというソースがいい仕事をしてくれるんです」
美波の説明を受けて、ベルンハルトはキューカンバーサンド、フェオドラはハムサンドにナイフを入れる。
(本当は手で持ってかぶりついてほしいけど…ハーフェン村ならともかく、さすがに王族にそんなお願いはできないよね)
そして各々のサンドイッチを口に入れた瞬間、ベルンハルトとフェオドラは互いに顔を見合わせた。
「まろやかな酸味とキューカンバーがよく合う…!」
「ハムの塩気と中のソースがよく合うわ…!」
食パンに引き続き、サンドイッチも王族の口に大変合ったようである。
「今まで食べたパンの中で一番美味しいわ。これは噂になるのも当然ね」
「お口に合ったようで何よりです。この中に入っているマヨネーズが日持ちしないので、作ったその日の内に食べなければならないんです」
「そうだったのね」
「料理長や他の料理人さんたちに作り方はお教えしたので、これからは王城でも食べていただけると思いますよ。ちなみにマナーが悪いと思われるかもしれませんが、本来サンドイッチは手に持って食べることを想定しているので、お仕事の合間に取る食事としてもお勧めです」
「ふむ。たしかにこれなら政務で書類を見ながら食べることもできるな。早速明日も作らせるとしよう」
王族が求めていた食パンとサンドイッチを食べてもらうことができ、作り方を料理人に教えることもできた。これで今回呼び出された王命は無事に果たせたと思い、美波は人知れず心の中で安堵の溜息を吐く。
あとは大聖堂に行き、ファシエルの聖物を受け取り、ハーフェン村に帰る。帰りも第一騎士団が送ってくれるということなので、携帯食以外は何の憂いもない。残すは気楽な王都滞在だけだと考えていた美波だったが、そうは問屋が卸さないのが異世界転移ものの醍醐味だということをすっかり忘れていた。
「噂通り、いえ、噂以上の美味しさだわ。ありがとう、オーツカ嬢」
「いえ、とんでもないです」
「――ところで、噂といえばもうひとつ。『巨大な白い狼と黒目黒髪の乙女』の噂も耳にしたのだけれど、あなたのことではなくって?」
「…げほっ」
予期せぬ噂話を聞いて、美波は激しく動揺した。そして飲んでいた紅茶でむせた。そんな噂があるのは少しも知らなかったが、内容としては心当たりがありすぎる。
「この国では黒目黒髪なんて珍しいもの。わたくしはあなたのことだと思ったのだけれど、違ったかしら?」
「……さあ?私はそんな噂、初めて聞きました」
嘘は言っていない。おそらくハーフェン村に出入りするようになった外部の人々に見られたのだろうが、その黒目黒髪が自分だという証拠はないはずである。噂を認めると状況がややこしくなる気がして、とりあえず美波はとぼけてみることにした。




