第十五話
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「今日はサンドイッチを作ります。まずは食パンから焼いて行きましょう」
翌朝、美波は料理長と料理人四名の昨日と同じメンバーで厨房に集まっていた。昨日は気づかなかったが、他の料理人が昼食の仕込みなどでここの厨房を使えなくていいのかと料理長に尋ねたところ、ここはサブの厨房でメインの厨房はもっと大きなところが別室にあるということだった。
「俺、昨日の食パン作りを経て気づいたんですけど、たぶん王都はハーフェン村より湿度が高いんですよね。少し生地の水分量を減らしてみた方がいい気がします」
さすがは王城の料理人。もう改良に着手している。
「食パンの焼型だが、とりあえず突貫で作ってもらった。昨日と焼き加減は変わるかもしれないが、焼き上がりの形はかなりよくなるだろう」
そう言って料理長が焼型を美波に見せてくれた。焼型の厚みが少々気になるが、焼き窯の火力の調整でどうにかできるかもしれない。フェオドラの昼食のサンドイッチを作る前に、少しでも食パンの完成度を上げていきたい。美波たちは早速、調理に取り掛かるのだった。
食パンたちの改良は料理人たちに任せ、美波は料理長と共にマヨネーズ作りをする。
「――料理長、先にお伝えしておきますね。今日はもう腕が使い物にならなくなることを覚悟してください」
「なん…だと…?」
「マヨネーズ作りは一見簡単に見えますが、腕を酷使する料理です。本当はもう一人くらいは人手が欲しかったんですが、他の皆さんは食パンの改良に燃えているようなので仕方ありませんね」
二つの器に材料を入れ、美波と料理長それぞれでよくかき混ぜる。そして植物油を少しずつ加えながらさらにかき混ぜるのだが、ここからが勝負である。
「今は材料が分離しているように見えますが、よく混ぜ合わせていると段々白っぽくなってきます。もったりとして白くなれば完成なので、それまではとにかく混ぜてください。混ぜて混ぜて、混ぜまくってください」
「今のところ少しも白くなってきていないが、本当に白くなるんだろうな、これは?」
「なります。そうしたら抜群に美味しくて、中毒性のあるソースが出来上がります」
「く…っ。とにかくやるしかないな…!」
料理長は、料理人たちとは別の意味で燃え始めていた。
食パンが焼き上がるいい香りの中、美波と料理長がひたすらマヨネーズを混ぜる音が響く。食パンの焼き上がりを待つ料理人たちは、主に新しいソースへの好奇心と料理長への揶揄い少々の目で、二人の調理を見守っていた。――そして。
「おつかれさまです、料理長!マヨネーズ、完成してますよ!」
「お、終わった…!腕が…勝手に震える…」
「オーツカ様!料理長!食パンも焼き上がりました!」
焼型を外して食パンの熱を冷ましている間、次はサンドイッチの具材作りに取り掛かる。ハムとキュウリは切るだけなので、美波はタマゴフィリングの作り方を教えた。
「はい、これで三種のサンドイッチの完成です!」
食パンの改良も進み、ひとまず料理長が納得してフェオドラに出せるだけのサンドイッチが完成した。ちなみにサンドイッチを試食した料理長たちの感想は、『パンに革命が起きた…!』である。
「このサンドイッチはあっちの厨房に持って行って、他の料理と一緒に出すよう給仕に伝えろ」
「はい、了解しました」
「オーツカ嬢、今日も新しいパンを教えてくれてありがとうな。いまさらだがハーフェン村の名物だろうに、こうも簡単に教えてもらってよかったのか?」
「はい、構いませんよ。美味しいものは共有できた方がみんな嬉しいじゃないですか。ハーフェン村では、また別の名物を考えればいいんですよ」
みんなに共有して広めてほしいというのが創造神ファシエルの願いであるということは、美波の心の中にしまっておく。
「その口振りからすると、他にも新しいパンの案があるってことだな。ぜひともまた俺たちにも教えてくれ」
「もちろんです」
美波と料理長は、マヨネーズを混ぜ合わせるという戦場を共に乗り越えた戦友である。二人はしっかりと握手を交わし、料理長はメインの厨房へ、美波はイルメラの迎えで部屋に戻った。
「ミナミ様。昼食は王妃様からご招待をいただいておりますので、部屋にお戻りになりましたら軽い湯浴みとお着替えをお願いいたします」
(昨日の夕食と同じパターン…!)
突然の王族からのお誘いは、一般庶民には心臓に悪いというのが美波の持論だった。




