第十三話
善は急げということで、謁見が終わったあとはゲルダとイルメラの手によって比較的動きやすいデイドレスに着替えさせられ。彼女たちの案内で、美波は王城の厨房へと足を踏み入れていた。
厨房で美波を出迎えたのは眉間の皺が深い強面の料理長と、王城のパン作りを担当している料理人たちの計五人。料理長は職人気質のオヤジという雰囲気満載でやや怯えながら挨拶と自己紹介をした美波だったが、料理長は驚くほどのギャップで零れるような笑顔を見せて、『ハーフェン村のパンの作り方を教えてもらえるなんて有難い話だ。これで、王城で働く人々にもより美味しい食事を作ってやれる』とそれはもう大喜びしてくれたのだった。
これから教えるレシピはハーフェン村用のレシピであること。王都の気候や厨房の環境、王族の方の好みによって、最後は料理長たちでレシピの改良をしてほしいと美波は伝えた。
「まずは食パンを作ります。もちろんそのままでも食べられますし、これはサンドイッチの元となるパンでもあります」
作り方は少々異なるものの、いつも王城で作っているパンの材料にバターや牛乳などを追加するだけ。カルラと同じように普段からパンを作り慣れている彼らの手際はよく、あっという間にパン生地を焼き窯に入れるところまで終わってしまった。
「さすがは王城の料理人さんですね。手際がすごくいいです」
「パンなら王族や王城で働く人たちのために毎日何百個と作っていますからね。多少の作り方の違いであれば全然苦になりませんよ」
料理人たちの言葉に、料理長も深く頷く。料理人という仕事は体力が必要で大変だろうに、彼らの表情は自分たちの仕事にやりがいを感じているようだった。
ハーフェン村で最初に作ったときと同じように、ちゃんとした焼型がなかったせいで、焼き上がった食パンは少し不格好な形をしていた。それでもきちんと柔らかくてほんのり甘みのある仕上がりになっていて、ハーフェン村の噂のパンがついに自分たちも作れるようになったのだと料理人たちは喜んでいた。
(どうせなら村から食パンの焼型を持ってきてあげたらよかったな)
とはいえ彼らの熱心さなら、すぐに美波が伝えた食パン用の焼型を手に入れるのだろうなとも思うのだった。
そしてまるでタイミングを見計らっていたように、食パンの試食を終えた頃にイルメラが厨房へと現れた。
「オーツカ様。王より夕食のお誘いをいただいております。トランメルがお着替えの用意をしておりますので、一度お部屋にお戻りいただいてもよろしいでしょうか?」
「お、王様と食事ですか…」
謁見するだけでも緊張したのに、今度は一緒に食事をするという。
(私のナイフやフォークの使い方は大丈夫なんだろうか…。ごはんの味が分からなくなる気がするな…)
本日二度目の緊張するイベントが確定した瞬間だった。
イルメラの案内で部屋へと戻った美波は、また一人でさっと入浴をして、今度は夕食用のイブニングドレスへと着替えさせられる。今日だけで三回目の着替えだ。到底一人では着られないようなドレスばかりなのでゲルダとイルメラに手伝ってもらうしかないのだが、着替えを手伝ってもらうということに少しも慣れない。
「トランメルさん、ラングハインさん。何度も着替えを手伝ってもらってすみません」
「お気にされる必要はありませんよ。オーツカ様を美しくするのも私たちの仕事です。それから私たちのことはどうぞゲルダとイルメラとお呼びくださいな」
「…ありがとうございます、ゲルダさん」
「ふふっ。本当は敬称も不要でございますけどね」
「じゃあ私のことも、ぜひミナミと呼んでください!」
「まあ、よろしいのですか?ではお言葉に甘えてそのようにお呼びいたしますね」
目尻に皺を作ってにこっと笑うゲルダはとてもチャーミングだった。美波の感覚ではおばあちゃんと呼ぶにはまだ若い印象のあるゲルダだが、その包容力は美波が幼い頃に祖母に感じていた感覚と近しいものがあった。
(…みんな、元気にしてるかなあ?)
ふと、元の世界にいる家族が恋しくなった。もう王都まで来ているのだから、あとは大聖堂でファシエルの聖物を受け取れば家族に会うことができる。近い内に必ず大聖堂に行くと心に決め、美波は食事の間へと向かうのだった。
食事の間では、既に王族の方々が席に着いていた。
「お、お待たせして申し訳ございません…!」
「よい。其方は王家が招いた来賓なのだ。気にする必要はない」
自分が一番最後の着席となり慌てる美波に、ベルンハルトはフェオドラの隣に座るように促す。侍従のエスコートを受けながら席に着いた美波の正面右側には、『歩く誘惑』ことフェルディナンドが。真正面にはベルンハルト王の面影がある少年と、正面左側にはフェオドラによく似た少女が座っていた。




