第十二話
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(着飾ったイケメンは目が潰れる…!)
王との謁見のため、用意されたドレスに着替えた美波。謁見の間へのエスコート役として現れたリステアードももちろん正装しており、それはもう見た目的な意味で大変輝かしく、美波は目を向けられなかった。
「空色のドレスがとてもお似合いですね。素敵です」
「っ、あ、ありがとうございます…っ」
空色のドレスなんて三十の自分が着る色じゃないと思っていたが、イケメンに褒められた途端に悪い気がしなくなるから不思議である。それよりも素敵だなんて言葉、最後に言ってもらえたのはいつだっただろうか?しかもイケメンに。社交辞令と分かっていても、顔を赤くせずにはいられない美波であった。
慣れない高いヒールのせいで、どうしてもゆっくりとした足取りになる。これから王と会うのだと思えばさらに歩みは遅くなるが、リステアードは何も言わずにペースを合わせて歩いてくれる。感謝と申し訳ない気持ちを抱きつつ、ついに謁見の間の前に到着した美波は、緊張で表情が強張っていた。
「一度深呼吸をしてください、オーツカ嬢。私も隣にいます。いざというときは、微力ながらお守りいたします」
騎士団長の仕事だと分かっていても、イケメンのその台詞は強烈である。王に会う緊張と隣にいるリステアードへのときめきがない交ぜになり、美波はやや引き攣りながらなんとか笑みを返すことができた。
リステアードが謁見の間の護衛に立つ騎士に、自分と美波の来訪を告げる。そうして騎士たちによって開かれた扉の先には、三人の姿があった。
玉座に座るイケオジと美女。そしてイケオジの隣に立っている美人。壇上にいることから三人とも王族であろうと推測されるが、果たして王族は見目麗しくなければならないというルールでもあるのだろうか。
特にあの美人。服装や身体つきから察するに男性だと思われるが、美波から見ると『美人』という言葉がよく似合う美貌なのだ。リステアードは直視できない系イケメンであるが、こちらの美人はずっと眺めていたい系イケメンである。
「ウェインストックの王族にご挨拶申し上げます。第一騎士団団長、リステアード・ティーレマン。王命に従い、ミナミ・オーツカ嬢と共に参上いたしました」
「お、お呼びに預かり光栄でございます。ハーフェン村から参りました、ミナミ・オオツカでございます」
膝を着いて最敬礼の形を取るリステアードの隣で、美波もまた直前までゲルダに教えてもらった淑女の最敬礼を取りながら挨拶を述べる。
ちなみに最敬礼を取る美波の脚は深いスクワットのような状態になっており、ドレスの下では小鹿のように震えていた。
「よくぞ我がウェインストック城へ参られた、ミナミ・オーツカ嬢よ。そして此度の突然の招集に応じてくれたこと、感謝する。私がウェインストック王国の王、ベルンハルト・バルトロメウス・ウェインストックだ。楽にしたまえ」
なんとか醜態を晒す前に最敬礼を終えたことに、ひとまず安堵する美波。イケオジことベルンハルトの張りのある声から察するに、意外と若いのかもしれない。口ひげがあるせいか、見た目は自分よりもそれなりに年上に見えるなと美波は思った。
「リステアードもご苦労だったな」
「恐れ入ります」
どうやらベルンハルトとリステアードは仲がいいらしい。短く言葉を交わした二人の表情が和らいだのを、美波は見逃さなかった。
「噂のパンの発案者に会えて嬉しいわ。わたくしはフェオドラ・フランシスカ・ウェインストック。この国の王妃よ。よろしくね」
ゆるく波打つ赤茶色の髪に、深い緑色の瞳。近くにいるだけでいい香りがしてきそうな美女に微笑まれ、美波はときめいてしまった。
そして王族の中でも一際眩しい美人。癖のないベルンハルトと同じ銀髪をひとつにまとめ、濃い紫色の瞳がアメジストのように輝いている。彼と目が合い薄く微笑まれただけで、美波の身体はぞくっとした。
「私はフェルディナンド・ローデリヒ・ウェインストック。王立魔導研究所の所長を務めている者だ」
フェルディナンドがそう言葉を発しただけで、美波は彼に『歩く誘惑』という、褒めているのか貶しているのか分からないあだ名を心の中でつけたのだった。
「其方を呼んだのは他でもない、ハーフェン村のパンのことだ。ハーフェン村のパンが格別に美味しいという噂が王妃にまで届いていてな。王妃がぜひとも食べてみたいというが、王城にパンを届けさせるには距離が遠すぎる。そこで発案者である其方に城で作ってはもらえないかと考えた次第だ」
「呼び立てておいて、パンを作ってほしいなんてお願いをしてごめんなさいね。聞けばサンドイッチというパンはその日の内に食べなければならないというし、辺境に嫁いだ妹からもハーフェン村のパンの話を聞いて、これはどうしても食べてみたいと思ったの」
王都までの道中でリステアードと話していた通り、やはり王族の方々にパンを作る必要があるらしい。この国の住民であれば、雲の上の存在である王族に自らのパンを食べてもらえるのは大変名誉なことかもしれないが、如何せん美波は異世界転移者である。名誉よりもプレッシャーの方が格段に大きい。
『パンを作ってほしい』というお願いではあるものの、王族の願いを一般庶民が断れるはずもなく。プレッシャーで本当は逃げ出したい気持ちを抑えながら、美波はパン作りを引き受けたのだった。




