第十一話
街のメインストリートを通ってようやく王城へと到着する。城へと続く大きな門を抜けた先で、曲がりくねった上り坂を馬車で走ることしばし。またもや大きく立派な門を抜ければ、これまた広大な庭が広がっており、その間の道を馬車で走ることしばし。どう見ても徒歩で移動するには適していないサイズ感の王城に気圧され、中に入れば首が痛くなるほど高く吹き抜けた天井の高さに圧倒され、ますます場違い感を感じる美波だった。
(王都に行くからってカルラさんが村の中で一番上等な服を用意してくれたけど…城の中だとアウェイ感がすごいな…。やっぱり心置きなく泊まれる気がしない…)
「オーツカ嬢、こちらへ」
ぼうっとしている美波にリステアードの声が掛かる。声の方を向けば、彼の近くに二人の女性が立っていた。
「こちらはオーツカ嬢の世話を任された侍女です」
「初めまして、オーツカ様。私はゲルダ・トランメルと申します。王城にご滞在の間、ご不便がないよう務めさせていただきます」
ゲルダが、ほんわかとした雰囲気そのままの優しい微笑みで自己紹介をする。柔らかそうな身体つきも相まって、上品なおばさまという印象を美波は持った。
「同じくオーツカ様の侍女を務めさせていただきます、イルメラ・ラングハインと申します。何かございましたらいつでもお申しつけいただければと存じます」
もう一人の侍女は背のすらっとした若い女性で、美波より年下なのは間違いないだろう。にっこりと微笑む表情から人当たりのよい感じがする一方で、その所作からは仕事がデキる印象も同時に持った。
「トランメルもラングハインも、城勤めの長いベテランの侍女です。何かあれば遠慮なく彼女たちにお伝えください」
(ゲルダ・トランメルさんとイルメラ・ラングハインさん…!名前が難しい…!覚えられない…!)
侍女たちの名前を言い間違えないよう必死に頭の中で繰り返しているせいもあり、美波はその場で気の利いた返事をすることもできず、リステアードと別れて侍女たちの案内で客間へと移動したのだった。
「オーツカ様はハーフェン村からいらっしゃったと伺っております。長旅でお疲れのことかと思い、湯浴みの準備をしております」
「わあ…」
そう言ってゲルダが扉を開けた先には、客間というには立派で広すぎる部屋があった。部屋の広さは、東京のマンションであれば余裕で4LDKの間取りが作れそうなほどあり、どう見ても一人で使うには大きすぎるベッド、ソファーセット、書斎机など、至れり尽くせりの設備と環境が整っていた。
「オーツカ様。湯浴みのお手伝いをさせていただきます」
「ひぇ!?」
美波が部屋に入るなり、素早く浴室の様子を見に行ったらしいイルメラ。入浴の準備に抜かりがないことを再度確認できたようで、そう申し出てきた。
「えっ、いやっ、あの!お風呂は一人で入れます!」
誰かに手伝ってもらいながら入力するなんて言語道断である。裸を見られることももちろん恥ずかしいが、何よりも少しも気が休まらない。
「かしこまりました。それでは魔道具の使い方だけお教えいたしますね」
「…魔道具?」
ハーフェン村から来たということもあり、美波が貴族的な扱いに慣れていないことは周知の上らしい。イルメラは一人で入浴するという美波を無理やり手伝おうとすることもなく、むしろ使い慣れていないであろう魔道具の使い方まで教えてくれたのだった。
「魔道具は魔石を核として動く道具で、こちらの赤い魔石に魔力を込めればお湯が、隣の青い魔石に魔力を込めれば水が出ます」
つまりは水道の蛇口みたいなものである。ハーフェン村では水は井戸から、お湯は火を焚いて湧かせていたため、美波にとって魔道具の使用は初体験だ。そしてここで問題なのは、異世界人である美波が魔力を込められるか、ということだった。
「ええっと、魔力、ですか…」
「魔力はこの世界のあらゆる生物が多少なりとも持っているものですので、オーツカ様にもお使いいただけるかと思います。試しにこの青い魔石に手をかざして、ご自身の魔力を送り込むイメージをしてみてください」
イルメラの言う通りに手をかざしてみる。そして自分の手のひらから見えない力が魔石に移る光景をイメージすれば、魔道具の吹き出し口から水が流れ出た。
「えー!すごい!魔法みたい!」
ゲーム好きな美波は自分が魔法使いになったかのような気持ちになり、年甲斐もなくはしゃいでしまう。そんな美波の姿を、イルメラはにこにことしながら見守っていた。この世界では若く見えるらしい美波なので、イルメラにとっては妹を見ているように見えているのかもしれない。
「魔道具の使い方はこれで問題なさそうですね。浴室の前で控えておりますので、何かありましたらお呼びください」
「はい。ありがとうございます」
こうして美波は一人でゆっくりとお風呂を堪能しながらリラックスする時間を確保し、入浴後には豪勢な夕食と食後のデザートまで平らげ、ゲルダがよく眠れるようにと焚いてくれたほんのりと香る花の匂いに包まれながら、ぐっすりと眠って朝を迎えたのだった。
畏れ多いと言っていた最初の緊張はどこへ行ったのか。王城での宿泊を堪能した美波であった。




