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異世界で文明開化のお手伝いです  作者: 秋乃 よなが
第四章 王城でのパン作りは断れない

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第十話


 翌朝、美波は第一騎士団と共にハーフェン村を出発した。


 昨夜はヨシュカを呼び出し、山盛りのタマゴサンドと引き換えに、呼べば王都まで駆けつけてきてくれるという言質を取った。これで万が一の場合は、ヨシュカと一緒に王都を出ることができる。


 そして王都までの安全性でいうと、同じ馬車にリステアードが同乗し、その周囲を第一騎士団員たちが護衛するという安心感抜群の布陣である。馬車も予想通り素人目で見ても立派な造りで、道が整備されていないためけっこう揺れるものの、思っていたより乗り心地も悪くなかった。


(強いて難点を挙げるとすれば、ティーレマンさんが同乗してることくらいかなあ…)


 イケメンは目の保養になる。しかし二人きりで同乗している都合上、一方的に眺めているということはできない。つまり、会話が発生する。会話が発生するということは、リステアードの視線が美波に向く。本来であれば美波も視線を向けるべきであるが、やはりそこは直視できず、やや気まずい気持ちになるのだった。


「オーツカ嬢。馬車がかなり揺れていますが、気持ち悪くなったりはしていませんか?」


 そんな美波の気まずさを『人見知り』と思っているリステアードは、少しでも早く慣れてもらおうと優しく話しかけてくる。


「はい、今のところは大丈夫です。気に掛けていただいてありがとうございます」


「当然のことですよ。改めてこの度は我々との同行を承諾いただき感謝いたします」


「いえ、とんでもないです。私にとっても王都に行くことは有難いお話だったのに…昨日は取り乱してすいませんでした」


 頭を下げた美波に、『貴女は何も悪くない』とリステアードは微笑みながら首を横に振る。あの後、リステアードは村長から美波が遠い国からハーフェン村に来たばかりだという話を聞き、自分の言動が彼女にとってどれほど恐ろしかったのだろうかと改めて反省したのだった。


「あの、王様ってどんな方なんでしょうか?」


「そうですね。月並みな言葉にはなってしまいますが、民思いの素晴らしい方です。実際に国民の間でも王家の評判はよく、国や民のためなら思い切った決断もできる方だと思います」


(なんか統治者の鑑みたいな人だなあ。本当にそんな人がいるんだ)


「王は身内を大切にされる方なので、この度のオーツカ嬢の召喚は、きっと王妃や王女を喜ばせたいという気持ちがあるのではないかと私は思っています」


「ということは、パン作りを依頼される可能性がある、と?」


「恐らくは」


(一般庶民が王族にパンを作るってどういう状況!?そもそも高貴な方々に食べてもらうようなパンじゃないよね…!?)


 リステアードの気遣いもあり、ほどよく会話と沈黙を繰り返しながら、王都までの旅路は進んで行く。密かに魔物と何度か遭遇していたのだが、美波が外の異変に気付く間もなく、第一騎士団の連携で迅速に処理されていた。


 間違いなく第一騎士団のお陰で快適な旅が送れているのだが、どうしても美波が落胆せずにはいられなかったのが、近くの村や町に立ち寄れなかった際の食事や野営での食事だった。


 それは、ある時の夕方のこと。


「オーツカ嬢。今日は近くに村がないので、恐縮ながら野営になります」


(野営…!キャンプみたいになるのかな?)


「オーツカ嬢のテントを張ったので今夜はそちらでお休みください。食事も携帯食にはなりますが、今用意しています」


「携帯食ですか?好き嫌いはない方なので大丈夫ですよ。むしろいつも食事の用意をしていただいてありがとうございます」


 いくら異世界で三ヶ月ほど過ごしたとはいえ、美波の感覚はまだ地球にある東京に寄っている。携帯食と聞いて思い浮かべていたのは、非常食として長期保管ができる乾パンやバランス栄養食として有名な黄色いパッケージのブロックタイプのクッキーだった。


 しかし、ここは異世界である。文明も地球ほど高度に栄えてはいない。つまりは。


(瓦せんべいより硬いビスケットと具がジャガイモだけのスープ…!)


「このビスケットは普通には食べられないので、スープに浸して柔らかくしてから食べてください」


 リステアードに言われた通り、ビスケットをスープに浸して食べる。ビスケットに味は感じられず、スープの味付けも恐らく塩だけだと思われるほどシンプル――悪く言えば、失礼ながら全く美味しくない仕上がりだった。また、団員が野兎を仕留めて串焼きにしてくれたものの、こちらも味付けは塩のみで、なんならしょっぱすぎたくらいである。


(これがこの世界の携帯食かあ。こんな食事じゃ、騎士団の士気も上がりにくそう…)


 まさに美波の考えている通りで、騎士団に入団した者たちの間では、裏訓練として携帯食への慣れが話題に上がるほど不人気なのだった。


 またある時の昼食は、瓦せんべいより硬いビスケットと干し肉の欠片が入っただけのスープで、ハーフェン村で新鮮や食材やマヨネーズに慣れ親しんでいた美波は心の中でそっと泣いた。


 そんなこんなでハーフェン村を出てから十日。ついに美波は王都に辿り着く。騎士団のお陰で快適な旅だったと思う。携帯食での食事以外は。


「オーツカ嬢、これから王都に入りますよ」


 王都を囲む城壁。流石の第一騎士団とあってリステアードのほぼ顔パスで城門の検問を通り抜ければ、そこにはハーフェン村とは比べ物にならないほどの大都会が広がっていた。


(うわあ…!ゲームの西洋ファンタジーそのままの街だ…!)


 褐色の屋根に石造りやレンガ造りの壁の家々。三角屋根の群れの中に、尖塔のような尖った建物も見える。街の中の道は石畳で綺麗に整備され、すれ違う人々は老若男女、明るい表情で歩いている。賑やかで活気のあるこの街はまさに王都と呼ぶに相応しく、美波は馬車の窓から見える景色に釘付けになっていた。


「王との謁見は明日の午前になります。今日はもう夕方も近いですし、ここまでのご移動でお疲れでしょうから、このまま王城で用意しているお部屋でお休みいただければと存じます。」


 まるで子どものように王都の景色に目を輝かせている美波を見て、リステアードが微笑みながらこれからの予定を告げる。


「え。王城に泊まるんですか?」


「王自らがお招きになったご客人ですので、客間を用意していると聞いています。何かご不都合がありましたか?」


「不都合と言いますか、畏れ多くて気が引けていると言いますか…」


「おっしゃりたいことは理解いたしました。最高級宿に泊まるとでも思って、ゆっくりとくつろいでください。どの宿屋よりも快適なことには違いありませんから」


 そう苦笑気味に笑うリステアードの顔もイケメンである。イケメンは何をしてもイケメンなのだと美波は関係ないことを考えながら、王城に泊まる以外の選択肢はないのだ、これも一生に一度の経験だと、腹を括ることにした。


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