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異世界で文明開化のお手伝いです  作者: 秋乃 よなが
第一章 創造神に召喚されて異世界転移する
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第一話

 

 目が覚めるような晴れ渡る青空に、青々と生い茂る緑の大地。見渡す限りに広がる豊かな自然の中にひとつ、ともすると小さな神殿にも見える立派な白亜のガゼボが建っている。


 その中でゆったりと寛いでいる一柱の女神。彼女の目の前にはまるでそこにスクリーンでもあるかのように、日々の生活を営んでいる人々の姿を映し出した映像が流れていた。


 市場で客の呼び込みに精を出す商人、その近くを元気よく駆けて行く少年少女、時折困った人を助けながら街を巡回する警備兵、訓練場で汗を流す騎士、御用達のお店でドレスを見繕う令嬢、社交のためにお酒を嗜む紳士。映像の中の人々誰もが、明るい表情を見せていた。


「一通り豊かにはなりましたが、発展が停滞しているのは否めませんね…」


 本来であれば、心地よい風が通り抜けるがごとく爽やかなはずの女神の声。しかし今その声音には、苦慮の色が滲んでいた。


「……今こそ異世界人を召喚する時が来たということでしょうか」


 その女神が見守る世界で、異世界人を召喚したことは今まで一度もなく。他の男神や女神から召喚の話は聞いており、その知識だけは持っていた。


 目の前の映像を一撫ですれば、映像が切り替わる。大型の生物に乗って草原を駆ける逞しい人間が生きる世界、箒に乗った人々が自由に空を飛び交う世界、生まれながらに身体の一部に機械を宿した人々が高度文明を築き上げた世界。女神はここではないどこかの世界の人々の営みを、次々と見て回った。


 そうして辿り着いたのは、背の高い建物がひしめき合い、夜でもその煌めきが眠らない世界――地球・日本の東京。よくよく観察してみるとそこでは、異世界転生ものや異世界転移ものと呼ばれる創作物で溢れていた。


「まさにここアレスリアにぴったりなお話…!この創作物に慣れた人間を召喚しましょう!」


 そうして女神が吟味するのは、ゲーム、ライトノベルという創作物で『異世界慣れ』をしていそうな人間。かつ召喚後には変に道を踏み外したりしないよう、それなりに人生経験を積んだ者だった。


 そんな風に別世界の女神から見られていると知らない一人の女、大塚(おおつか) 美波(みなみ)。今年で齢三十歳となる彼女は、会社から帰宅する途中だった。


(駅に着いたらスーパーに寄って、帰ったらすぐお風呂に入って、それから夜ご飯を食べながら今日放送分のアニメを観る…!あとは寝る前にちょっとゲームができれば完璧!)


 帰りの電車の中、スマートフォンでライトノベルの続きを読みながら、今夜寝るまでの計画を立てる美波。ゲーム、アニメ、ライトノベルをこよなく愛する彼女は、まさしく女神が探し求めていた人物像にぴったりと当てはまっていた。


 美波は事前の計画通り、自宅の最寄駅にあるスーパーでお惣菜を買って足早に帰宅する。そうして玄関のドアを開けて中へと足を踏み出した瞬間、全身がぞくっとするような浮遊感とともに彼女の身体は落下した。


「っ、きゃあああああ!!!」


 絶対に落ちるはずのない場所から落ちていく美波の身体。なぜか落下時間とは比例していない軽い衝撃をお尻に受けて美波が着地した場所は、木々の間から差し込む日光とそよ風が気持ちのよい、どこかの森の中だった。


「……はい?」


 自分は間違いなく仕事帰りで自宅に着いたところだった。間違いなく自宅のドアを開けた。それなのに、ここはどこだろうか?どこからどう見ても森の中で、どこからどう見ても夜ではない。


 おまけに自分は着の身着のままだ。先ほどまで背負っていたはずの通勤用のリュックもない。唯一の救いといえば、今日の服装がパンツスタイルのスマートカジュアルだったことだろうか。少しは森の中を歩きやすい服装でよかったと、美波は思った。


「ここはどこなの…?」


 その場で立ち上がって改めて周りを見渡してみるが、やはり自分は森の中にいる。一体自分の身に何が起こったのか?美波は三つの選択肢を考えた。


 一、家のドアを開けた瞬間、何者かに眠らされてどこかへと連れ去れた。

 二、眠った覚えはないけれど、自分は今、夢を見ている。

 三、一番あり得ない説で、自分はかの有名な異世界転移をしてしまった。


「……いや、さすがに三番はないか。ははは……」


 とりあえずいつまでもここに突っ立っているわけにはいかない。ひとまず美波は日光が差し込む方へ、森の中を歩いてみようとした。


「っ、」


 そのときクラリと眩暈がして、美波の頭の中に誰かの爽やかな声が響いた。


『ミナミ・オオツカ。聞こえますか?わたくしはこの世界の創造神ファシエルです』


「……は?」


 ついに幻聴までも聞こえだした。これが夢なら早く覚めてほしい。異世界転移もののライトノベルが好きな美波だったが、あくまでも読むのが好きなのだ。聞こえてきた声を無視して歩き出そうとする美波に、またあの声が響いた。


『……あなたが混乱するのも分かります。あなたは異世界転移をしました。これは現実なのです。あなたは今、魔法と魔物が存在する世界・アレスリアにいるのです』


「どうしよう…!声が話している意味は分かるけど、分かりたくないと私の脳が拒絶する…!」


 自分の頭を抱えて、思わずその場にしゃがみ込んだ美波。夢なら早く覚めてほしいと願うが、聞こえてくる声はこれを現実だと言う。そして一番あり得ないと思っていた異世界転移説が確定だと言った。


「ちょっと待ってください。無理です。私は自分が主人公になりたいわけじゃないんです。主人公を見ている第三者になりたいんです!」


『いいえ、ミナミ。どんな世界であれ生きとし生ける者すべてが、それぞれの人生という物語の主人公なのですよ』


「ああ…!ゲームに出てくる神様みたいな有難い言葉をいただいてしまった…!」


 どんなに現実であることを否定しようとしても、創造神と名乗る声がこれこそが現実だと突きつけてくる。会話が成り立つリアルな夢だと思い込もうとしても、聞こえてくる声がそれを許さない。


 美波は脳内で激しくのたうち回り混乱する全ての思考を止め、自分が異世界転移したことを受け入れた。つまりはそう、深く考えることをやめたのである。


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