第六章:知識を売るということ
第六章:知識を売るということ
「このガリ版機、軽くて壊れにくい。これなら移動販売に向いてるだろ?」
ロベルタスが布をめくって、小型のガリ版機を見せる。
対面の行商人はうなる。
「確かに良い品だ。だが売り先は限られる。文字が読める奴のいる地域じゃないと意味がない」
「識字率の高い村、リストにまとめた。地図も添えた」
キプリングが手渡す紙束。
「……用意周到だな、あんたら。何者だ?」
「印刷屋兼、世界救済中の冒険者パーティー“スプリング茂吉”だ」
そう返す義春の横で、交渉は続く。だが――そのやり取りの背後に、静かな声が響いた。
「……君たちは、将来、死ぬより重い責任を負うかもしれない」
振り返ると、青灰色のローブを纏い、文書の束を抱えた青年が立っていた。
「誰だ」オルヴァーが手を伸ばしかけるが、青年は穏やかに微笑む。
「名はホレイショー。元は王都図書院の法典管理室所属。今は失業中……いや、使命を求めて彷徨っていると言おうか」
「で、何が“死ぬより重い”って?」
ロベルタスが苦笑する。
ホレイショーは一歩前に出て言う。
「君たちの印刷物――特に“知識”に関するもの――には、公益性と公共性の二面性がある。今はまだ小規模だ。だがこのまま拡大すれば、情報が“武器”になる」
「すでになってる」キプリングが口を挟む。「俺たち、焚書団に襲われたぞ」
「それが証拠だ。だからこそ、厳格な管理が必要だ」
ホレイショーは、紙を一枚掲げる。
「例えば、“魔物の繁殖域”をそのまま印刷して広めた場合、討伐者が殺到し、生態系を壊す可能性がある。
“毒の精製法”を載せれば、悪用される。
“王国軍の動向”を記せば、戦争の火種になる」
「……情報が善か悪か、出した側の判断次第ってわけか」
義春が静かに言った。
「だから俺が言う。知識を使うなら、責任も持て」
ホレイショーは一礼し、提案した。
「“知識の公開と制御”を統括する責任者を立てるべきだ。俺がその役を担いたい。印刷される全てを検閲することを許可してほしい。知識の公共性を守るために」
一瞬、場が静まる。
スト盾とスト剣は無言。
キプリングは面白そうに唇を吊り上げ、ロベルタスは「やっぱそうなるか……」と額に手を当てた。
「リーダー、どうする?」ライルが聞いた。
義春はしばらく考え、言った。
「お前の言葉、正しいと思う。だが命令されるのは嫌だ。あくまで、対等な仲間として入れ。チェックは任せる。だが、意見は交わす」
ホレイショーは深く頭を下げた。
「それが望みです。私は命令ではなく、信頼される壁になりたい」
新プロジェクト:「知識公開ガイドライン」作成開始
ホレイショーによる審査制度がスタート(通称:ホレイチェック)
印刷物に「公開OK」「要注意」「非公開」などのラベルを追加
知識公開の透明性が評価され、パーティーの信頼度が急上昇
「俺、印刷屋だったはずなのに……気づけば“検閲済マーク”を付けてる……」
ロベルタスが小声でつぶやく。
「それが世界救済ってもんだ」義春が笑った。