僕が婚約を解消されそうになったのは王太子が婚約破棄したことのとばっちりだった
「僕が婚約解消されたのは王太子が婚約破棄したことのとばっちりだった」のIF話です。
◇以降が違う部分になります。
慌てて駆けつけたサタナイト伯爵家の玄関ホールでは、使用人たちが忙しそうに動き回っていた。その異様な様子に声を掛けられずに立ちつくしていると、涼やかな声が聞こえてきた。
「あら、マティアス様。どうしたのかしら」
「シェリア、どういうことなんだ!」
声の主へと目を向ければ、麗しい僕の婚約者がいた。彼女は僕の台詞にコテンと首を傾げて訊いてきた。
「どういうこととは?」
「だから、どうして僕たちの婚約が破棄されるんだ!」
「あら、婚約破棄ではなくて解消ですわ」
瞬きを繰り返しながら冷静に訂正をするシェリアに、僕は噛みつくように言った。
「破棄でも解消でもどっちでもいいよ。そうじゃなくて、どうして僕らの婚約が無くなるんだよ。僕は彼らと行動したわけじゃないのに」
そう、昨夜の卒業記念パーティーで、我が国の王太子が婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を申し渡すという醜聞をやらかした。
だけど、僕は彼らと一緒に居たわけでもないし、尻馬に乗って婚約破棄をやらかしてもいない。
それどころか、卒業記念パーティーの最初から会場を辞するまで、シェリアとずっと一緒に居たのだ。
「ええ、マティアス様はあの愚か者たちとは違いますわ」
「それならなんで婚約が無くなるのさ」
「あら、今更そこからお話しないとなりませんの?」
またもコテンと首を傾げて訊いてくるシェリア。……の可愛さに身悶えしそうになるのを意思で押さえる。
「だって、おかしいだろ。何もやっていないのに、婚約を解消しなければいけないなんて。どちらかといえば労ってほしいくらいだよ。殿下やトレニアスたちのやらかしのフォローをしていたのは、僕らじゃないか!」
憤まんやるかたなしと力を込めて言えば、なぜか聞いていたシェリアの表情がすんと消えた。
あれ? なんでシェリアの表情が消えるんだ?
疑問が湧いてきて、先ほどの自分のセリフを思い返して……僕の顔から血の気が引いていくのがわかった。
僕が理解したと分かったのか、シェリアの顔に悲しみの表情が浮かんできた。
トレニアスというのはシェリアの一つ上の兄だ。昨夜のやらかし……王太子の尻馬に乗って婚約破棄をやらかしていた。
夜が明けると早々に訪ねてきたシェリアの父であるサタナイト伯爵と、わが父コーンフィールド侯爵は一時間ほど話し合って婚約の解消を決めたと聞いた。
「で、でも、おかしいじゃないか。僕は次男なんだから、どうとでもなるはずじゃ……」
言葉が続かない。僕だってわかっている。いや、わかってしまったというほうが正しいんだろう。
こたびの王太子のやらかしの中で、唯一学園生でない捕縛者がいた。それが僕の兄ダルドレッドだ。
兄は王太子の護衛として学園にもついてきていた。そしてあろうことか昨夜のあの場で、王太子の婚約者である公爵令嬢を取り押さえて跪かせたのだ。
父親同士の話し合いで、それぞれことを起こした嫡男たちを廃嫡することにしたのだろう。そして……コーンフィールド侯爵家にもサタナイト伯爵家にも、嫡男以外の子どもは僕とシェリアしかいないのだ。
そう。跡継ぎ同士では婚姻することはほぼ不可能だった。
今回のことが起きなければ、僕は母の実家へと養子に入ることが決まっていた。
母の実家は伯爵家で、母の姉が婿をとって継いでいたのだけど災害が起こり、現地に状況視察に行ったときに二次災害に巻き込まれてしまって跡継ぎの従兄弟が亡くなった。
跡継ぎが居なくなった伯爵家に懇願されて養子に入るはずだったのに……。
そう言えば母に婚約の解消を告げられて(父は伯爵との話し合いのあと一緒に王城に向かったと聞いた)動揺し、その他の話を聞かずに飛び出したのだった。
「残念だ」
応接室に通されてシェリアとサタナイト伯爵夫人と対面で座り、出された紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着けたところで、ぽつりとこぼれた言葉だった。
「私どもも、残念ですわ」
伯爵夫人もとても残念そうに言ってくれた。
しばらく無言でお茶を飲み、僕はサタナイト伯爵家を辞して家へと戻った。
◇
茫然自失状態で自室のソファーに座り込んでいた僕に、執事が来て言った。
「旦那様がお帰りになり、話があるから応接室に来るようにとおっしゃられました」
応接室に行くと両親が揃っていて、二人してどういう顔をしていいのかわからないという様子で待っていた。両親の向かいへと座ると、侍女がお茶を僕の前に置くと部屋から出て行った。
「あー、マティアス、シェリア譲との婚約を解消すると聞いたと思うが……その、だな、保留……と言われたのだ」
「はい? 保留……って?」
困惑して聞き返せば、両親も困った顔をしていた。どうやら王城で国王陛下直々に、婚約の解消をするのを待って欲しいと言われたそうだ。
詳しい話を聞こうとしたのだが、父たちも調査が済むまで待って欲しいとしか、言われなかったらしい。
翌日、学園で会ったシェリアも困惑した顔で僕を待っていた。
一昨日の卒業記念パーティーは王太子やシェリアの兄、王太子の婚約者の公爵令嬢がいる卒業生を祝うためのパーティーで、僕とシェリアは在校生として先輩方を祝うために出席していた。
卒業生は一昨日までが学園への登校だったけど、在校生の僕らはもう五日ほど学校に通って、短い休みに入る。休みが明けたら最終学年へと進学をするのだ。
「マティアス様、聞きましたでしょうか」
「ああ。……その、どうしよう……じゃないね。いや、でも、本当に……どうなっているのだろうね」
僕たち以外にも、不安そうに寄り添っているカップルが、何組もいた。調査と言っていたけど、何の調査なのか。
そう言えば、兄が戻ってくる様子は無かった。
卒業記念パーティーから半月がたち、我がコーンフィールド侯爵家に王城に来るようにと連絡がきた。
王城に着くと謁見の間へと案内をされた。謁見室には何人もの人がいて、サタナイト伯爵家もいるのが見えた。皆、呼びされた理由がはっきりと分からないようで、不安そうな顔をしている。
良く見れば、卒業記念パーティーで婚約破棄をやらかした者の関係者ばかりだった。
公爵家が来られてどうやら全員揃ったようだった。そしてすぐに国王陛下が入室された。
そこで説明されたのが、今回の婚約破棄騒動の余波の話だった。
王太子の行動は早くから報告が上がっていたそうだが、王になり得る器かどうかの判断のために、あえて放置していたそうだ。
そうしたら男爵令嬢のハニートラップにかかってしまったのだそうで……。
ただ男爵令嬢と恋仲になったのならまだよかったのだが、王太子の行動を監視していたら不審な行動をとっていることに気がついた。
調べた結果、公金を横領していることがわかった……という。
どうやら横領の隠蔽に関わった人全てを洗いだすのに、時間が必要だったようだ。
「此度のことは国家反逆罪に値することとして、関わった者全て、犯罪奴隷となることが決まった」
国王陛下の言葉に謁見室にいる人々に緊張が走った。僕と両親もである。
「だが、此度のことにここに居る家族は関わっていないことは、確認済みである」
続けていわれた陛下の言葉に、緊張をした者たちはホッとしたようだった。
「事後処理に時間を要すことになると思う。犯罪者どもとは縁を切ることをお勧めする」
陛下に代わって宰相様がそう言った。
「此度は急な招集にもかかわらず、来てくれたことに礼を言う。後継者の変更や婚約の見直しが行われるだろうが、暫し猶予をいただきたい。かならず良い縁を繋ぐことを約束しよう」
どうやら後継者が決まれば王家のほうで縁を繋いでくれるようだ。集まった一同はホッと胸をなでおろした。
散会となり謁見室を出ようとしたら、侍従がそっとそばに来て父に言った。
「コーンフィールド侯爵様、国王陛下より話があるとのことでございます。お部屋へとご案内させていただきます」
告げられた言葉に疑問が浮かんだが、陛下からのお召しだ。断ることは出来ない。父が頷くと侍従は言った。
「では、ご案内させていただきます。ご家族様もご一緒にどうぞ」
案内をされたのは応接室……だと思う。使節団などと会談するのに使われる部屋があると聞いている。多分その部屋に案内されたようだ。
僕たちが椅子に座るかどうかというところで、扉が開いてサタナイト伯爵家が入ってきた。軽く会釈をして案内されたとおりに、我が家の向かいに座った。
ということは、我々の婚約のことについて呼び出されたのだろうと、推測できた。
再度扉が開き、母の実家であるフォリカーナー伯爵夫妻が現れたことで、僕たちは困惑した。婚約どころか後継者問題について何か云われるのだろうか。
程なく国王陛下並びに王妃殿下、それから宰相が入室した。席を立って迎えようとした僕らに、陛下は「そのままで」と言われた。
陛下方が席に着くと挨拶も無しに話しはじめられた。
「皆、此度のことは、本当に申し訳なかった。特にフォリカーナー伯爵家には謝って済むことではないのだが、謝罪をさせてほしい」
陛下が頭を下げられ、同じように王妃殿下と宰相も頭を下げられた。
「へ、陛下、どうか頭をお上げください。フォリカーナー伯爵家への謝意とはどういったことなのでしょうか」
父であるコーンフィールド侯爵が代表して言った。頭を上げた陛下方は苦いものを口に含んだような顔をしていた。
陛下に説明させるわけにはいかないのだろう。宰相が説明をしてくれた。
先ほどの説明では公金横領とだけ言っていたが、その横領されたものが問題だった。我が王国では災害対策として基金が作られていた。それは百年ほど前に起こった大規模災害によって作られたものだった。
災害というのはいつどこで起こるかわからないものだ。それに災害とひとくくりにしているが、様々な害がある。
南のほうでは嵐により、北のほうでは冷害、東は蝗害が起こりやすく、西の地では乾燥による害と、それぞれの地域で起こりやすいものが違っていた。
だが、それが全地域で同じ年に起こることは稀である。
それぞれのところで対策をしても、自然相手では対策しきれないものだ。
復興のためには多額の資金が必要になることも、明白だった。
そこで作られたのが災害対策基金だ。これは毎年決まった金額を積み立てていき、実際に災害が起こった時にそこから支援するというものだった。
基金が作られて数年は大きな災害は起きなかった。そのため、ただ積むだけで使い道の無い基金は無駄だと言い出す者が多く現れた。
……おっとこの話は、今は関係ないな。
そこは割愛するとして、ある程度基金に余裕が出来たところで、災害時だけでなく災害対策にも資金を提供することが決まったそうだ。
そう言えばフォリカーナー伯爵家も災害対策用支援金を使用したい旨を申請していたんだった。確か五年前から毎年申請しているのだったか。
「えっ? まさか……」
災害対策基金と言われて、フォリカーナー伯爵家の惨状を思い出して、思い当たったものに我々の顔色は失われていった。
「あの金額は……他の領地からの申請により、それぞれに分配した結果だと聞かされていたのですが」
フォリカーナー女伯爵である伯母は蒼白い顔で呟いた。
宰相の説明によると横領は三年前からで、その年の支援金受け取りがフォリカーナー伯爵家を含めた五家。そのどの家にも申請された金額の三分の一しか渡されなかったそうだ。
そのためフォリカーナー伯爵領の整備は思うようにできず、二年前の災害となった。そして後継者として領地の対応に向かった従兄弟は二次災害に巻き込まれたのだ。
伯母夫妻は堅実に防災計画を立てていた。その通りに進められていれば……。
言葉を無くした伯母たちに宰相は再度頭を下げた。
重苦しい空気が部屋の中に満ちていた。
「本当に謝っても謝り切れんことだ。そして、此度のあやつのやらかしたことにより、再び後継者となるものを失うことになり、申し訳ないと思う」
国王陛下が再度フォリカーナー伯爵夫妻へと頭を下げた。伯母夫妻は堪えるように口を引き結んでいた。
「さて、今のことは近日中に国民へと発表することになっている。あやつらにはその身をもって災害復興をしてもらうことになる」
「それは……我が伯爵領の復興のために、彼らを受け入れろということですか」
フォリカーナー女伯爵の夫である伯父は、陛下のことを睨みつけながら言った。
「いいや、そのような惨いことを、其方らにさせるわけにはいかないだろう。フォリカーナー伯爵、領地に愛着があるかもしれないが、ここは領民と共に新しい土地に移り住んではくれまいか」
「新しい土地……ですか?」
「ああ、そうだ。横領の隠蔽に関わった者もすべてあの地に送ることにする。それだけでなく他の犯罪者すべて送ることが決定した。もちろん極悪人もいるだろうが、あの地の復興がかなわなければ、あの地から一生出ることは出来ないだろう」
伯母夫妻はかなり迷っているようだった。だけど、これは決定事項であるので、受け入れるしかないだろう。
「気持ちが落ち着くのを待ってやりたいが、急がねば領民たちの新天地での生活が立ち行かなくなるだろう。移動のための荷馬車はこちらで用意するので、なるべく早く移動を始めていただきたい」
「……承りました」
伯母夫妻は深々と頭を下げた。これで話しは終わったと思ったのか席を立とうとした。
「ああ、フォリカーナー伯爵、しばらくお待ちいただきたい。もう一つ肝心な話が済んでいないのだ」
再度座り直した我々だが、暫し待たされることになった。陛下が侍従、侍女を呼び入れてお茶を入れ替えされたのだ。
侍従と侍女はお茶を配り終えると部屋から退室した。先ほども近衛でさえ退室させて人払いを済ませていたのだから。
お茶を口にして、温かさに気分がほぐれた。かなり気を張り詰めていたみたいだ。気を抜きすぎないように気持ちを引き締めて、カップをソーサーに置いて陛下のことを見つめた。
「コーンフィールド侯爵家マティアスと、サタナイト伯爵家シェリアにはこのまま婚姻を結んでもらいたい」
「「!!」」
陛下の言葉に父たちが反論しようとするのを、手をあげて止める陛下。
「わかっておる。それぞれの家の跡継ぎのことだろう。嫡男たちのことは聞いておるし、廃嫡したこともわかっておる。それぞれの家にマティアスとシェリア以外に後継たる者がいないこともわかっておる。だが、伏してお願いする。二人にはどうしても婚姻を結び、子を成してもらいたい」
あまりの発言に言葉が出てこない。
「二人を添わせねばならない理由があるのですね」
大きく頷く国王陛下並びに王妃殿下と宰相。またも宰相が説明をしてくれた。
◇
今から二百年前のこと。ある伯爵家に黒猫をこよなく愛する者がいた。
ある時その者は思いついた。
黒猫同士を掛け合わせていたが、血統的に黒猫の因子が強いとは限らない。
それならば兄妹同士で娶わせればいいのではないかと。
そうして十年ほどが経った時に、奇妙なことにきがついた。
どうも生まれてきた子猫が弱いようだと。
そしてその次の代にあり得ないことが起こったのだ。
なんと生まれた子猫の中に真っ白い毛並みに赤い瞳を持つ猫がいたのである。
だが、この猫も弱くてひと月ももたずに亡くなってしまったのだった。
伯爵は最初どこぞの猫が紛れ込んで子を孕んだのだと思ったのだが、ちまたに流れてきたある噂に別の要因で白い猫が生まれたのではないかと思うようになった。
ちまたに流れて来た噂と言うのは、ある侯爵家で両親に似ていない白い髪に赤い瞳の子供が産まれ、夫は妻の不貞を疑ったというものだった。
人と猫とは違うと思っていたのだが、伯爵はその侯爵と幼い頃から親交があり、侯爵家のことも少なからず知っていたのだ。
侯爵家はこの数代いとこやはとこ同士での婚姻が続いていた。たしか今の侯爵と夫人もいとこだったはず……で。
伯爵は文献を調べて、過去に親族でばかり結婚を繰り返したことにより、断絶した家門が幾つかあったことを突き止めた。
それをまとめて貴族院(貴族の婚姻などを司るところ)に提出したそうだ。
今では各国において三代以内の婚姻は認められないものとなった。
◇
「今の高位貴族は四代以内に婚姻を結んでいる家が多くあるのだ。各家とも子供が産まれにくくなっておった。だが、そんな中でコーンフィールド侯爵家とサタナイト伯爵家は七代以内に婚姻は結ばれておらぬ。是非ともマティアス殿とシェリア嬢には婚姻を結んで、多くの子を産んでいただきたい」
そう締めくくって、宰相は口を閉じた。
「誤解の内容に言っておくが、マティアスとシェリアに無理をさせたいわけではないのだ。子が一人しか生まれないのであればそれでよい。この先其方たちの子や孫、もちろんその先になっても構わない。子が多く生まれた代でサタナイト伯爵とフォリカーナー伯爵を継承すればいいのだからな」
陛下は温かい眼差しで僕とシェリアのことを見つめてきた。
僕もシェリアのことを見て……見つめ合った。
お互いの意思を確認し合って頷いた。
「息子とサタナイト伯爵令嬢の婚姻についての理由はわかりました。まだ混乱しておりますので、三家で話し合って決めたいと思います」
「うむ。慎重なのは良いことだ。じっくり話し合うがよい。この部屋をこのまま使うことを許可する」
陛下はそう言うと王妃と頷き合った。立ちあがろうとしたところに話しかける者がいた。
「お待ちください。陛下にお聞きしたいことがあります」
「サタナイト伯爵令嬢、控えなさい」
「よい。この機会でなければ、聞けぬこともあろう。何なりと申すがよい」
シェリアの行動に僕たちは驚いた。おとなしいシェリアが陛下に直接訊ねるとはおもっていなかったからだ。宰相に窘められたが、陛下は鷹揚に許可を出してくれた。
「ありがとうございます。お聞きしたいのは、何故彼らが『国家反逆罪』に問われたのかということです」
「ああ、その事か。先ほど説明したように、高位貴族はどこの家も婚姻により血が近くなっておる。そのため各家から貴族院に婚約の届けが出されると調べて、問題が無ければ婚約を許可を出しておる。その許可は誰が出しておると思う」
「あっ……そういうことでしたのね」
僕も納得した。貴族院に婚約の届け出をして許可が出るのだけど、その許可証には国王陛下のサインと印章が押されていた。つまり許可が出た時点で、その婚約は王命となるのだ。
彼らはその王命に逆らったのだから、国家反逆罪に問われても仕方がないのだったんだ。
「此度のことで高位貴族の後継者が軒並み変更になった。特に男性の後継が減り女性の後継者が増えることになった。同位貴族に娶わせられる者がいないので、下の爵位から相手を選ばなくてはならなくなったのは、朗報かもしれん」
陛下が顎を撫でながら思案するように呟いた。確かに罰せられる者は男性が多いだろう。
「もう一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何かな」
「どうして高位貴族は高位貴族同士で婚姻をしていたのでしょか」
「それは、国の成り立ちに関わっているのだ。どの国も王が神に認められて、国を興すことが出来たのは知っておろう。王の血筋を大事にするようにと、教典にも書かれているしな。王族も血が薄まるのを良しとしなかったので、近親婚を繰り返していた。表には出さなかったが白い髪に赤い瞳の子供が生まれてくることも、何度かあったそうだ。その理由が分かったのが黒猫伯爵のおかげというわけだ」
そう言えば最初に習ったな。王家の人間は特別であると。国を興すほど立派な方の血筋を大切にするのは……。間違った解釈のせいで血統が弱くなっていたなんて。
シェリアも納得したのか、頷いていた。
「他に聞きたいことはないか」
「はい。今は他に思いつきませんので」
陛下方が部屋を出られた後三家で話し合った結果、僕とシェリアの婚約はそのままにすることが決まった。
あれから一年が経った。王太子と共に婚約破棄をやらかした者たちと公金横領に関わった者たちは、全員『国家反逆罪』の罪状で犯罪者となった。
彼らは男爵となった元王太子と共に男爵領の復興に勤しんでいるそうだ。
元々は将来を期待されていた者たちだ、伯母が残した復興計画書を元に領地の整備を行っているという。
その元王太子……もとい男爵達は、元々伯母たちが作成していた防災計画を見て、実際に起こった災害の爪痕(災害から二年ではほとんど復興できていなかった)に、言葉を無くしていたそうだ。
そして自分たちの罪深さを知ったという。
今更だけどな。
運命のお相手……もとい男爵夫人は、王都から追いやられたことに不満を言い、贅沢できないことに不満を言い、強制労働にも不満を言い続けたそうだ。
しだいに周りから相手にされなくなっていったとか。
ところで他にも彼の地に送られた犯罪者たちだけど、彼らは男爵領でおとなしく労働に従事しているそうだ。
なんでも罪状によって課せられた年数の間は、男爵領から出ることが出来ないようになっているそうで。
それに真面目に労働をしていれば、食事や衣服、部屋、寝具などが、見合ったものを与えられるらしい。
それも、その与えられた物は他の者が掠め取ることは出来ないんだそうだ。
男爵夫人は早々に労働を放棄したので、それに見合った粗末な食事が与えられたという。
文句を言おうにも、それぞれが座った目の前にそれぞれに見合った食事が現れるのだ。
誰が送っているのかわからないのに、文句の言いようがないだろう。
が、それでもみっともなく喚いていたらしいけど。
男爵……元王太子と僕の兄ダルドレッドとシェリアの兄トレニアスから、それぞれの家と元婚約者へと謝罪の手紙が届いた。
今更だけど自分たちが何をしでかしたのか理解したことで、真摯に謝ってきていた。
許さなくていいと、返事はいらないと書いていたけど、僕も両親も兄へと手紙を書いた。
後日、シェリアのサタナイト伯爵家も同じように手紙を認めたと聞いた。
それからまた半年が経ち、今日は僕とシェリアの結婚式だ。
学園を卒業したこの半年の間にあの騒動で婚約破棄された人達も結婚した人が何人もいた。
その中に王太子の婚約者だった公爵令嬢もいて、公爵家を継いで婿を取った。
元々令嬢は一人娘だったのだが、王太子の婚約者となったことで跡継ぎがいなくなった。だから、令嬢が子供を二人以上産んで一人を公爵家の跡継ぎにすることになっていた。
あの件により、後継の立場に戻ったのであった。
いつもの数倍綺麗なシェリアと並んで婚姻の誓いを口にする。
「病める時も健やかなる時も一生共にあり続けることを誓います」
「どんな困難が待ち受けていようと、二人で手を取り合って乗り越えていきます」
結婚式の誓い通り、僕とシェリアは仲睦まじく過ごした。
子宝に恵まれ三男四女を授かった。
次男がサタナイト伯爵を、三男がフォリカーナー伯爵を継いだのだった。