「貴様を愛することはない!」初夜にそう言い放ったのは、十二歳になったばかりの旦那様でした。
「私は貴様を愛することはない!」
初夜にそう言い放ったのは、十二歳になったばかりの旦那様でした。
…というのも、時は遡り五年前。
国は流行り病に見舞われた。結果多くの人が亡くなった。それでも元々国力のあった我が国は、最近になってなんとか持ち直した。
しかし、流行り病の被害は当然貴族にも広がっていて。
「でも旦那様。私たちが頑張って子孫繁栄させないと家系が途絶えてしまいます」
「うぐっ…」
「時には我慢も必要です」
「ぐぬぬっ…」
特に被害を受けた公爵家で、なんとか生き残ったのは旦那様だけ。その妻として急遽あてがわれたのが、とある辺境伯家の五女の私。なお私は妾腹である。つまりは私の実家にとっては厄介払いも兼ねた結婚であった。
幸い今は流行り病も落ち着き、色々と復旧してきて…旦那様も古くから公爵家に仕えてきた使用人たちの支えもあり幼くして例外的に公爵家を継いだわけだが、公爵家も領内もなんとかなっているらしい。
ということで、兎にも角にも今は子孫繁栄が急務。愛する愛さないなんて呑気な話をしている場合ではない。
「大丈夫です、旦那様」
「ん?」
「私に任せてくだされば、すぐに終わりますから」
「え、ちょっ…」
「嫌だというのは承知ですが、本当にごめんなさい」
私は幼い旦那様を押し倒した。せめて苦痛や嫌悪はなるべく感じさせないようにしたい所存。
「…」
「…」
思いのほか盛り上がった。旦那様はその事実に項垂れている。
「…まあ、なんだ」
「はい」
「…悪かったな、色々と」
「いえいえ」
「…そんな離れたところにいないで近くに来たらどうだ?」
旦那様の言葉に内心驚く。
「いいのですか?」
「…もう意地を張る理由もない」
気まずそうにしつつも歩み寄りを見せてくれる素直な旦那様にちょっと癒される。
「それにしても、旦那様はすごいですね」
「ん?」
「幼くして全ての責任を背負って、必死に努力して為すべきことを成して。本来ならばそんな重責、投げ出したいでしょうに」
「仕方あるまい。私しか残らなかったのだから」
「旦那様…」
この小さな人は、今までいくつ本音を飲み込んで来たんだろう。
「だが、使用人たちの力添えや領民たちの協力もあってなんとかなっている。私は多くの善意に支えられているのだ。…大丈夫。お前も含めて、私は全てを守り通してみせるとも」
「…ご立派です、旦那様」
「まあ、これでも公爵だからな」
「でも、今は夫婦のプライベートなお時間です。こんな時くらいは、気を抜いてもいいのですよ。私に甘えてください」
「…もう、充分甘えてる」
その言葉にまた驚く。
「まあ、なんだ。その…本当に悪かった、色々と。だがまあ、これから夫婦として仲良くしてくれたら嬉しい」
「こちらこそです!」
なんだかんだで幸せになれそうです。
「旦那様」
「どうした?」
「旦那様が可愛らしすぎてしんどいです」
「可愛くはない」
初夜以降、毎晩一緒に寝ているのだが旦那様は朝起きると私にひっついている。それが愛おしくて仕方がない。
他にも、疲れた時は休憩がてら膝枕をねだってきたり私が男性の使用人と話していると割って入ってきたり、旦那様はすっかりと私に懐いて…もとい、私を気に入ってくださった様子。
私もそんな素直で可愛らしい旦那様が愛おしくて仕方がない。
「それより、最近お前食欲がないんじゃないか」
「あれ、バレてました?」
「さすがにわかる。それどころか吐いてる時もあるだろう」
「はい」
「どこか悪いのか?医者には見せただろうな?結果は?何故私にすぐに報告しないんだ。ともかく、療養が必要ならすぐ手配しよう。他に必要なことは?」
矢継ぎ早に捲し立てられる。でもそれは、私を心配してくださっているから。本当はもう少ししてから報告した方がいいと思っていたのだけど、今言ってしまおうか。
「病気ではありません」
「隠さなくてもいい。それでお前を責めたりしないから」
「…妊娠しました」
「え?」
「旦那様の子を、妊娠しました」
きょとんとした旦那様。突然の報告にフリーズしている様子。なので、旦那様が事態を飲み込めるのを待つ。
「…私との子を妊娠したのか」
「はい」
「…よくやったっ!!!」
旦那様は嬉しそうに私の手を握る。
「これから色々と大変だろう。なにかあればすぐに頼ってくれ」
「はい!」
「ともかく、子供の分も栄養を取らないと…なにか食べられるものがないか色々試してみような」
「お願いします」
「ああ、こんなにも嬉しいことがあるなんて」
本当に嬉しそうな旦那様に、胸がいっぱいになる。幼くしてたくさんの家族を失った旦那様。せめてこれからは、私が癒して差し上げたい。そして、たくさんの子供たちに囲まれて幸せになってほしい。
「…お父様ー!みてー!カエル捕まえたー!」
「すごいデカイな」
「母上、あっちで兄上と姉上が落とし穴を造っていました。お気をつけて」
「あ、なんで言っちゃうんだよー!」
「つまらないじゃない!」
悪戯っ子な長男長女に呆れつつ、次男にお礼を言う。
「教えてくれてありがとう」
「いえ」
「ねえお母様、カエルー!」
「随分大きいわね」
「お母様ー!落とし穴があったー!」
三女の捕まえたカエルを褒めていたら、次女が落とし穴に片足を突っ込んでいた。随分と浅い安心設計の落とし穴だったらしい。
「しかし、賑やかになったものだな」
「楽しいですね、旦那様」
「そうだな。全部お前のおかげだ」
そう言って愛おしそうに私を見つめる旦那様。もうすっかり大人になった旦那様は、私をすごく大切に愛してくださっている。
「私も、旦那様のおかげでとっても幸せです」
「よかった。…心から愛してる」
「私もです!」
「あの時は…すまなかったな。酷いことを言った」
「…?ああ、愛することはないとかなんとか?」
私が問えばバツの悪そうな顔。
「もう何度も謝っていただいてますし、前言撤回もしていただきましたよ?」
「それでもだ。今、心から愛してるからこそ後悔している」
「…ふふっ」
旦那様に抱きつく。今の旦那様は、私が思い切り抱きついても力強く受け止めてくださる。
「急にどうした?」
「こんなにも旦那様に愛されて、本当に幸せですっ!」
「…ああ、私もだ」
これからもずっと、こんな穏やかな幸せが続いて欲しい。そう思うくらいには、すごくすごく幸せだ。
【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話
という連載を投稿させていただいています。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。