11.鬼
この作品には一部刺激の強い表現が含まれます。
ご了承ください。
慎の圧倒的な強さが判明した〝模擬戦〟から3ヶ月。
冬の最中、僕は来る日も来る日も雪かきに奔走する毎日を送っていた。
この時期特に活躍するのが【昇門】適性の高い人たち。
【火魔法】の一種で、温度そのものを高めることが出来る【ヒート】という魔法を駆使して、短時間で広範囲の雪を溶かしていく。
ヒートの効果がより大きくなるような〝融雪設備〟を設けている場所もある。
これは僕たち土建部門が雪の降っていない時期に作業を進めているもので、雪を溶かしたい場所の地面に盛土やコンクリートで傾斜をつけ、そこに太い銅線を網のように埋め込んである。
大げさな印象を受ける名前の割に単純な構造だけど効果は絶大だ。
積もった雪に穴を掘って一部の地面を露出させた後、〝銅線を熱が伝わっていく〟イメージでヒートを発動する。
すると見る見るうちに周囲の雪が溶けて川のように流れていく。
最初に見た時は感動で思わず手を叩きながら声を上げてしまった。
ところが、残念なことにこの設備はまだまだ普及率が低い。
去年の冬に首相が提案したらしいんだけど、1シーズンだけじゃ時間の関係で設置できる場所は限られてるし、銅自体が貴重でこの為だけに使う訳にもいかない。
なかなかに悩ましい問題だよね。
いずれにしろ僕は今のところ【昇門】は開けられないので、コツコツと【身体強化】で雪かき三昧。
土建部門の先輩にコツを聞いたりしながら、下積み1年目の新人としての役割と、もちろん魔法戦闘の訓練も並行して進めている。
そんな冬の日常に慣れてきた頃。
いつも通り仕事と訓練を終え、アパートの自室に帰って来たところで来客があった。
てっきりまた麻里が遊びに来たんだと思って、ドアを開けると…
「よっ!しばらくぶりやけど、元気しとった?」
「勇斗!…珍しいね、僕の部屋に来るなんて、とりあえず上がってよ」
「おじゃましまーす。もうちょいしたら和人も来るはずや」
「和人が?これまた珍しい。というかこのメンバーで集まるの初めて?」
「せやな。ちょこっと話したい事あってな…和人来たら言うわ」
「今お茶出すから適当に座って」
「おおきに~」
この3ヶ月で僕も勇人も上位門を開けることに成功している。
【上位門】は2種類ある。
【極門】と【絶門】で、僕が開けたのは【極門】。
上位門っていうのはそれ単体では意味が無くて、下位門の統合・強化が主な効果なんだけど、その効果がとんでもなく強力だ。
僕は【波門】で【風魔法】を使うと、普通の人が立っていられないぐらいの威力を出せる。
これを〝極門アリ〟でやったら校庭に生えている桜の木が根元から抜けかかってしまった。
慌てて止めたけど、まさかあんなに威力が上がるとは思わなかった。
だって同じぐらいの魔素しか使ってないんだよ?
関越トンネルの時は比呂と昴の【電撃】にビビったけど、この時納得した。
あの二人はクアッドで上位門2つだ、そりゃ威力も凄いだろう。
本来基本ゲートで召喚した魔素は、その魔素特性にあった魔法に使わないと効率が悪い。
だけど上位門で統合すれば、2種以上のゲートから召喚した魔素を合わせて使っても効率が落ちない。
それどころか魔法によっては、特性や補正が上乗せされて威力が上がる事さえある。
僕がやった【風魔法】の場合で言うと、僕が開けられる【波門】と【剛門】、この2つをただ開けただけだと、単門のおよそ1.2倍にしかならない(それでも充分すごいけど)。
これが【極門】で統合した結果2倍以上になった!
それに加え、上位門にもそれぞれ特性があって、これがまた凄い。
【極門】の特性は【強化】や【防御】に代表される〝自分に掛ける魔法〟にブーストがかかる。
しかも上位門の特性は基本ゲートの特性である‶○○に補正〟に上乗せされるんだ。
対して【絶門】は〝他者に掛ける魔法〟にブースト。
実はこの説明を聞いた時はよく分からなくて、最初は『いまいちだな』なんて失礼な感想を持っていたんだけど、その後比呂と話してる途中で気が付いた。
考えてみれば【攻撃魔法】は全て〝他者に掛ける魔法〟なんだよ。
気付いてなかったらアホ呼ばわりされるところだった(いやその時点でアホか)。
そんなわけで3つ目の基本ゲートよりも【上位門】を優先するのは納得の指針だ。
上位門おそるべし…
ちなみに勇斗も【極門】で、和人は【絶門】だ。
勇斗は上位門開門を機に軍事訓練に参加するようになり、土建部門の作業は半分免除となっている。
職場で会う機会はめっきり減ったけど、僕と勇斗と和人は同期のライバルみたいな感じで、お互いに意識しあっている関係だ。
たまに会って近況なんかを話したりはするけど、よく考えるとこの3人だけで集まるっていうのは今まで無かったな……
二人でお茶を飲みながら待っていると…
「陽平、いるか」
「来た。…開いてるから入っていいよー!」
「失礼する」
「急に呼び出してもうて悪なかった?」
「構わない、別に予定はないからな。何か話があるんだろう?」
「せや、早速本題入らしてもらうけど<鬼>についてや」
「「!!?…」」
<鬼>
僕たちにとっては雲の上のような存在である7人の隊長達。
その隊長達が束になってもまるで敵わない慎。
その慎が『勝てない』とはっきり言いきる存在。
現在政府軍内に複数、人間のふりをして紛れ込んでいるらしい。
だからこそLPは政府軍に対して積極的武力攻勢に出られない。
慎は勝てる公算が立てば政府を打倒するつもり、だと僕は思ってるんだけど…
どのくらいの戦力があれば〝勝てる〟のかが分からない。
いずれにしろ今の僕たちでは弱すぎて戦力にならないだろう。
そんな僕らからそのことに触れるのは気が引ける…
『そんなこと気にするのはもっと強くなってから』って自分でも思う。
何よりLPの人達にしては珍しく、その話題は避けてる印象があるんだよね。
「とりあえずや、俺らが<鬼>についてどうこう言うても始まらんのは分かっとる。せやけど何も知らんっちゅう状況も気に食わんねん」
「まぁ、気持ちはわかる。俺も勉に聞いたが『言いたくない』の一点張りだった。………だが、ならばどうすると言うのだ?」
「実は明後日の夜、直接慎にアポ取っとる」
「そこで聞き出そうって事ね…うん、聞くなら慎がいいだろうな」
「せや。お前らも分かっとる思うけど、基本的にLPの人らは隠し事せぇへんのに<鬼>については口堅いねん。けど慎なら聞けるんちゃうかな…」
「確かにね。でもそれとこの集まりは何か関係あるの?」
「鈍いやっちゃな、お前らも一緒に来い言うてねん。聞きたいやろ?」
「やっぱりそう言う事ね……なんだか抜け駆けしてるみたいで気が引けるんだよね」
「だったら他の者も誘ったらどうだ?皆も聞きたいだろうし、いい機会であることは間違いあるまい」
「せやな。けどあんまし大勢で押しかけてもな……5~6人でええんちゃう?」
「じゃあ、橋本さんと横田さんはマストかな、どうせ後で聞かれるだろうし」
「あと…葵はどないや?あいつもダブルやし」
「ああ、でも誘う必要は無いかも…」
「確かに、わざわざ呼ばなくてもその場にいそうだな」
「そんなら麻里ちゃん誘たらええやん」
「そうだね。じゃあ、メンバーはそんな感じで…明日僕が声かけておくよ」
「明後日の夜、どこで落ち合うのだ?」
「学校行くことになっとる」
ということで2日後に慎と会って<鬼>について聞くことは決まったが…
この時間に暇な男が3人いてサッサと解散なんてする訳もなく。
勇斗の持参した物と僕のストックを出して酒盛りスタート。
途中から麻里も加わって深夜まで盛り上がった。
…2人とも酒強いな~。
***
コンッコンッ…
「失礼しますっ」
「入りたまえっ!」
ガチャッ…
「諸君っ!よくきたねっ♪」
………………………………………
何処から持ってきたのか、バカでっかい革張りの社長椅子に足を組んで座り、右手にはブランデーグラス(中身は日本酒だけど)
膝の上にはペルシャ猫ならぬ柴犬が乗っており、その背中を優雅に撫でている。
………ベタだな。
…まあ、やってみたかったんだろう。
………………
「バスローブちゃうんかいっ!?」
「「「「「気にするとこそこっ!?」」」」」
勇斗が火中の栗…もとい、極寒の虎挟みに手を突っ込み、被せて突っ込まれ事無オチついた。
関西人気質とでも言うんだろうか?…そのおかげで場が凍り付くことは回避されたので感謝しかない。
ただでさえ寒い時期に勘弁してくれ…
ちなみに慎がモフっている柴犬は慎の飼い犬で、その名も〝ワンコ〟
慎のネーミングセンスはともかく、この世のものとは思えないほどの可愛さを誇る。
ましてやこの季節は冬毛でモコモコしているので魅力倍増!?…神に感謝しよう。
しかし、このワンコの可愛さは諸刃の剣でもある。
僕の知る限りLP内で最も危険な生物だ。
……実際に中毒患者が後を絶たない、一種の社会問題となっている。
「慎っ!ワンコ抱かせて~♡」
「俺が先やっ!」
「ここは年功序列で俺がっ!」
…ほら、ここでもまた…
「みんなどうしたの?用意できてるよ?」
「サンキュー美月、んじゃ食堂行こうぜ~♪」
ワンコ争奪戦が幕を開けようとした時、ちょうど入室してきた美月が声を掛けた。
「「「まだワンコ触ってない………」」」
………………
食堂に移動すると全員分の食事が用意されていて………何故か優輝が新人2人と一緒に食事中。
「あれ?…優輝こっちで夕飯?」
「ああ、奥とガキがお呼ばれしてて家に居ねぇから」
優輝は妻子持ちなので普段は自宅でご飯だけど、奥さんが出かけていると自分で用意することになる。
それが面倒くさくて、仕事帰りに新人2人と一緒に食堂へ来たらしい。
一緒にいるのは〝田中 善明〟と〝山崎 紀美子〟
2人とも僕より3ケ月前にLPに参入していた先輩なんだけど、とっても気さくで話しやすく、訓練や食事を一緒にすることも多い。
それに東戦と同じく東京のゲリラ出身だから、僕たちと話が合うんだよね。
大戦前の東京での暮らしやお遊びスポットなんかの、いわゆる地元ネタでよく盛り上がる。
その2人が、ぞろぞろと入ってきた僕たちに面食らって質問してくる。
「団体でどうしたんだ?単に飯食い来たって訳じゃなさそうだな?」
「ああ、うん、まあね」
「込み入った話をするなら、私たち席を外した方がよさそうね」
「いやっ!チョイ待ち。この際聞くモンが多い方がええやろ?どないや?」
「いいんじゃねぇか?興味ねぇなら退席自由ってことでよ…」
「慎?」
「俺は別に構わんよ♪」
という訳でさらにメンバーが増え、慎も含めてこの場に11名(+1匹)が集まった。
今日の…いや、今日もメニューはカレーだ。
ここに来ると8割方カレーが出てくる。
白米・蕎麦・餅の中から好きに選んで、そこにカレーをかけて食べるのだ。
『カレーは嫌いな奴がいないし、アレンジもし易く、栄養も取れる』
LPに来たばかりの頃、理に説明されたんだけど…
『腐るもんでもねぇしな』
『いやっ!腐るでしょっ!』
『その前に無くなっからな、実際腐ったカレーなんぞ見たことがねぇ』
っていうやり取りがあった。
なるほど確かに今までの人生で腐ったカレーは見たこと無いかも………いやいや、それはたまたまでしょ?…だよね?
みんなでワイワイ話をしながら食事をした後、本題に入ることになった。
こういう真面目な話をする席でも当たり前のように酒が出てくるのはどうなんだろう?
なんて考えてしまう僕はここでは圧倒的に少数派だ。
まぁ、周りに合わせる意味で結局僕も飲むんだけどね。
「今日集まったんは、慎に聞きたいことがあってん」
「うん。で、何が聞きたいのかな?」
「回りくどいんは嫌いやねんから。単刀直入に言うわ、<鬼>についてや」
「「ッ!!?」」
「………」
義明と紀美子は驚いてるけど、優輝は『あぁ、やっぱりね』って顔で黙って聞いてる。
「大雑把だな~♪<鬼>の何について?」
「全部や。知っとる事、全部聞かしてや」
「全部ねぇ……。さて、どう話せばいいかな…」
慎はそう言うと少し間をおいて、ボチボチ語り始めた…
――――――
<鬼>というのはもちろん便宜上の呼び方であり、以前陽平が触れたような昔話に登場するものと同じモノかは定かではない。
現状慎たちが脅威としているモノをそう定義してるだけなのだ。
しかし昔話や伝承の中にも明らかに<鬼>と同一のものが散見され、最古のものではおよそ1,600年前と思われる口伝が存在した。
これはフィクションのオニが登場する源氏物語や伊勢物語はもちろん、出雲国風土記よりも古い時代に、それらしき怪異が起こっていたことを示唆しており、当時の状況を詳しく知れば<鬼>への備えが出来ると考え、慎が独自に調べていたのだ。
だが、そんな昔の正確な資料などそう簡単に手に入れることは出来ない。
慎だけの出所不明の知識と断片的な情報を頼りに、行き着いたのが【魔法】である。
すなわち<鬼>と同じ能力を身に着けられれば対抗できると…
<鬼>はそもそも実体のある存在ではなく魂や霊と言われるモノに近い。
その為、普通は見たり触れたりすることなど出来ないと考えられる。
このモノが人間に〝宿る〟あるいは〝乗っ取る〟ことで、はじめてこの世界に物理的な影響を持つようになるのだ。
宿られた人間にその自覚があるかどうかは分からないが、明らかに嗜好や性格は存続しており、また見た目も変わっていない。
しかし、宿す以前とは全くの別人と呼べる部分もある。
【魔法】と【魔素】である。
訓練も指導も無しに、高位の魔法をまるで息をするように使うのだ。
そして観ることが出来る者には、常に濃厚で不気味な魔素が纏わりついていることが確認できる。
さらに〝人間の振り〟をやめた鬼はその本性を…いや、本能をむき出しにし、戦闘力も姿も変わる。
そうなったらもはや人間の姿には戻れないと思われ、慎はそれを〝鬼化〟と呼び最大限の危険と位置付けている。
<鬼>が何を目的にしているかも、どれだけの戦力があるかも分かっていないが、発生時期や起こっている現象から見て〝大穴〟の向こう側から来るのは間違いないだろう。
少なくとも「関係ない」と考えるのは無理があり過ぎる。
〝大穴の向こう側〟のことを〝アウター〟と呼び、どうにかして観測出来ないかを探っているのだが今のところ有効な手段は見つかっていない。
――――――
慎が一息ついて、グラスを口に運んだタイミングで横田さんと橋本さんが意見を出した。
「そういう話も興味はあるんだが、もっとこう…実感的な話が聞きてぇな」
「慎は以前『勝てない』とはっきり言ったな。それは戦闘経験があるという事だろう?…その辺りを聞かせてもらえると有難い」
「………あぁ、あんまりノリで話すことでもないけど、お前らだけ知らないって訳にもいかんか」
「そういえば、この件に限ってはみんなあまり触れたがらないよね…」
「……まぁ、いい思い出じゃないってのは確かだし……正直まだ気持ちの整理がついてないってヤツは結構いると思う」
「それって、つまり……」
「ああ、犠牲が大きかった」
……………………
***
およそ1年9ヶ月前。
〝大規模遠征軍殲滅事件〟
後にロストプレイスと呼ばれるようになるこの地に対し、約4万もの兵士を動員して行われた一大侵攻作戦は、政府軍の全滅という衝撃的な形で幕を下ろした。
しかし、一般に知らている記録、政府軍兵士や各地のゲリラ組織に噂という形で広まっている内容と、
実際に現場で起こっていたことは大きく乖離していた。
結論から言ってしまえば、慎たちは政府軍を〝殲滅〟などしていない。
そして犠牲者も〝0〟とは程遠い結果だった。
慎たちは遠征軍に対し800名以上の魔法持ちで迎え撃った。
これは当時としてはほぼ総戦力、当然他所の防衛が疎かになってしまうという意味でリスクが大きい。
それだけ重大な危機であり、追い詰められていたのだ。
単純に計算すれば800対40000、1人当たり50人を相手にしなければならない。
長期戦になればMP切れに陥る可能性が高く、魔法頼りの慎たちが不利だ。
ところが政府軍が執った戦略は、まず関越トンネルを出た先に大規模な橋頭堡を築き、そこから戦力の逐次投入にて支配地域を広げていく、という願ってもない愚策であった。
兵数こそ4万と大規模だが魔法持ちの数は同程度で、質はこちらが圧倒的に上だ。
分散した大隊規模の部隊を過剰な程の戦力で各個撃破していく。
まさにゲリラ戦のお手本のような戦闘を繰り返し、確実に戦力を削っていった。
その中で政府軍から寝返る者も続出し、さらに優位な状況になっていくのだが…
戦場で行われる簡易な尋問で不穏な話を聞かされることになる。
「俺たちは進軍したくてしてるんじゃないんだ…」
「そりゃ~命令だからってことだろ?」
「違うっ!…俺たちは…俺は、怖いんだ…」
「怖い?…戦闘がか?」
「ち、違う…あいつが…あいつから逃げたくて…後ろに下がれない」
「正樹、もういいよ」
「慎、どういうことだ?」
「もしかしてと思ってたけど間違いないか。お前も感じてるだろ?」
「あの異様に不気味な魔素か?政府軍の最後方だな…前から言ってた<鬼>って奴か?」
「たぶんな…」
元政府軍兵士の尋問をしていたのは〝鈴原 正樹〟
当時5人だった隊長の中で最も魔法戦闘に長けていた男。
つまりは慎を除けば組織内で最強だったということだ。
「全員聞け」
慎が【フォーン】を全802名につなげる。
「作戦は続行だが、今からトリプル以上は出来るだけMPを温存しろ。<鬼>が来た場合に備える」
「「「「「了解っ!」」」」」
「鬼が来た場合は隊長集合、俺も含めて6人全員でヤルぞ。その他は全力で撤退な…絶対に交戦はすんなよ~♪」
「「「「「りょ~かい…」」」」」
その後作戦は順調に推移し、新たな情報も入って来る。
この遠征軍は、そもそも政府に対して批判的な考えを持っていたり、現体制や現方針をあまりよく思っていない者が多く集められていることが判明。
道理で寝返る者が後を絶たない訳である。
だがそういった者を外見で判断出来るわけもなく、攻めてくる部隊を粛々と殲滅していく。
心底では引っ掛かるところがあるが、そこは割り切るしかない。
これは戦争なのだから。
そして遠征軍の総数がいよいよ1万を切りそうだ、というタイミングだった。
「ここまで来ても撤退しないか…」
「いつもとは違うってことだろ?今更じゃね」
「そうは言っても作戦も変えてこねぇし、やっぱあの噂本当ってことかね」
「軍内の反対派処分ってやつか?……証拠にはならんだろ。敵が全滅しても俺らは困らんしな」
「もうすでに敵兵の士気は0に等しいけどね」
幸夫・順也・昴・正樹・比呂、5人の隊長が【フォーン】で状況を話していた時、慎が珍しく切羽詰まった様子で命令を出す!
「総員戦闘態勢っ!!」
ブワッッ!?
政府軍の後方で感じたこともないような膨大な魔素が膨れ上がった!その瞬間!
「ッ!?回避しろーッ!?」
シュパッッ!!!
縦長の政府軍駐屯地を一筋の光が通過しこちらの潜伏場所にも届く!
そして…
ボババババババババッッッ!!!?
光の通り道をなぞるように灼熱地獄が広がっていく!
「マジかよッ!?」
「味方の軍ごとッ!?」
「慎ッ!被害はッ!?」
「…直撃は5人っ!全員周りにいる者と連携して怪我人をフォローしろっ!全力で撤退だッ!?」
高位者が味方をかばいつつ必死の撤退戦が始まる。
先程の攻撃は明らかに駐屯地を狙ったものであり、こちらは単なるとばっちり。
慎の命令によって全員が【防御魔法】を展開していたにも拘らず被害者多数。
一方、政府軍は…おそらく生き残りはいないだろう。
この時点で〝大規模遠征軍〟は消滅したことになる。
そして…
「慎ッ!?あいつ追って来るぞ!」
「5人とも集合しろッ、足を止めるっ!」
「「「「「了解ッ!?」」」」」
慎は隊長達に指示を出しつつ〝刀〟を抜き、自身も戦闘準備に入る。
「近接戦は避けろ!防御優先で遠隔攻撃!」
「速いッ!?もう来たッ!」
「なんだあいつ!?」
それはもう人間と呼べる姿ではない。
ボサボサの長髪、額から生えた1本角、瞳は充血とは違う深紅の光が宿っている。
首から下は隆起しすぎた筋肉にも見えるが、黒い金属と見紛う無機質な光沢を放ち、何よりも明らかに人間ではあり得ない程の巨体。
<鬼>という言葉に何の違和感もない風貌。
そして隊長達が気付く…
『『『『『こいつ【ゲート】が7つだッ!!!?』』』』』
「正樹ッ!」
「こんにゃろっ!」
比呂と正樹が先制し【水弾】【電撃】を放つ!
ドンッドンッッ!
ガカッッゴッーーンン!!
体全体を濡らした上で高圧電流を直撃させたのだが、大半が【防御障壁】で阻まれる。
それでも全く効いていないということは無いようで、多少怯んだようだ。
「うっそ!結構全力なんだけど!」
「いやっ!これでいい!タゲ取れればみんなが撤退できる」
「俺らも行くぞ」
「「「おおっ!」」」
隊長達が足止めしている後方で他のメンバーが全力で逃げている。
嵐のような魔法攻撃に晒されながらもなお追撃しようとする<鬼>が初めて足を止めた!
そしてその巨大な腕を振り上げる!
「回避ーッッ!?」
慎が叫ぶがもはや遅い!
ドガガガガガガガガーーーッッ!?
振り下ろされた巨腕の先から膨大な魔素が衝撃波となってはるか後方まで森を削り取る!?
「慎ッ!?」
「やられたッ、23人っ!?」
「「「「「ッ!?」」」」」
「ちっきしょーっ!!?」
「正樹ッ!?まてっ、近接戦はっ!」
「しゃーねーなっ!!」
怒りで頭に血が上った正樹が単独で突っ込み、順也がそのフォローに入る。
幸夫が二人に【強化】を上乗せし、比呂と昴が連続で【発光】を<鬼>の眼前に放つ。
<鬼>もさすがに危機を感じたのか、濃密な魔素を纏った腕を振り回す様に反撃してくる。
「ゴガアアーッ!!」
スパッ!ザスッ!
ドゴッ!?
「いってぇ!?折れたっ!!」
順也の脚に掠った!すかさず折れた脚をかばいながら離脱し、昴が前に出る。
比呂と幸夫が有効な魔法を探りつつ代わる代わる攻撃を打ち込む。
「これ削れてるのかっ?」
「分からんっ!!慎ッ!まだかッ!?」
「【フルバースト】いくぞッ!?」
「「「「おおッ!?」」」」
叫ぶと同時に慎の魔素が膨れ上がる!…<鬼>に匹敵するほどに!
「遠隔で気をそらせッ!?」
「「「「了解っ!!」」」」
隊長達が各々最も得意とする遠隔攻撃魔法を放つ!
ダメージは無くとも近接戦を仕掛けた慎が優位になるように隙を作らなければならない。
【フルバースト】は7つのゲートを全開にしなければ使えない特殊魔法。
本来は人間に扱えるはずのない<鬼>専用の魔法だ。
人間が使えば命に係わる。
事実、懐に入り切り結んでいる慎は既に体中血だらけだ。
<鬼>の攻撃だけではない、皮下の血管が切れ…いや破裂しているのだ。
隊長達と慎の攻撃は確実にヒットし、わずかずつでもダメージは確実にあるはずだ。
だが、初見の敵でありその限界は分からない『早く終わらせなければ、慎が…』
焦りが募る…
「埒が明かねぇ!俺が行くっ!!」
「「「「正樹ッ!?」」」」
正樹が慎のサポートに動く!
<鬼>が大振りした右腕を慎が深くしゃがみ込んで躱す!
すぐさま直上に伸び上がるように、たった今避けたその右腕を下から上へ切り裂く!
「ガァッ!?」
深い斬撃に<鬼>が啼く!
切られた右腕と交差するように左腕を振り上げる!
慎はバックステップで躱そうとするが、深すぎた!間に合わない!
「慎ッ!?」
迫る巨腕と慎の間に正樹が割って入る!
右腕と愛用の剣で防御を固め<鬼>の攻撃を受け止めた瞬間ッ!!?
……正樹の胸から上が砕け散った……
「「「「正樹ーッ!?」」」」
未だ宙にある正樹の遺骸をブラインドにして慎が跳び上がる!
慌てた<鬼>が振り上げた左腕でバックブローを放ちもろとも粉砕しようとするが!
正樹を踏み台に前方に跳躍ッ!すれ違い様に一閃ッ!?
グシャッ!
キンッ!!?……
完全に動きを止めた<鬼>の後方に立ち静かに納刀。
と同時に地面に落ちる〝角〟
ブシャーッ!?
<鬼>であったモノが全て魔素になって拡散していく………
これが記録にない〝大規模遠征軍殲滅事件〟だ。
政府軍には生き残りが1人もいなかった為中央政府には真相が伝わらなかった。
慎たちも<鬼>を刺激することを避ける為、積極的に真実を広げようとはしなかった。
結果として「政府軍4万が全滅した」ということだけが噂となったのだ。
***
……………………
「これが切っ掛けで、俺たちは偵察任務に本腰入れて<鬼>の情報を集めるようになった」
「「「「「…………………」」」」」
「今のところ確認できているのは6匹だ。つまりあの時の6倍の犠牲を覚悟すれば俺たちが勝つ………かもしれん。あくまで、それで打ち止めならって話だがな♪」
僕たちは誰も声を発しない。
間を埋めるって訳じゃないと思うけど、優輝が補足した。
「この時の被害はクアッド1名、トリプル2名、ダブル14名、単門12名。怪我で済んだ者は37名と意外に少ない。……あと重態が1名、これは慎だな。たった1匹の<鬼>でな」
「とりあえずこんなとこか?…聞きたいことあったらまた来いよ♪俺はもう寝るぞ」
「ああ、慎、その…話してくれてありがとう」
「お礼言われることじゃ無くね?んじゃお休み~♪」
慎が立ち上がり美月と一緒に退室して行く。
ウトウトしていたワンコがそれを慌てて追いかける………癒し。
……………………
「正樹っちゅうんは6門開けてたんやろ?…それでも一撃て、なんやそれ」
「僕らがその場にいても、運が良くなければ撤退すらできずに死んでるね…」
「たった1匹を相手に…認識不足だった。確かにこの話は新人には早すぎるかもしれん」
「………我々も解散しようか。今はあまり考えがまとまる気がしない」
「そうやな。俺も帰って寝て…明日また考えるわ」
「そうだね。あっ、そうだ優輝…」
「んっ?」
「優輝は正樹さんのこと…」
「友達だった。慎程じゃないけど、小さいころからの付き合いだ」
「そうなんだ…。その、お墓とか…」
「そんなもんねぇよ」
「「「「「えっ?」」」」」
「えっ?…今更だけど、LP内に墓なんか1個もないぞ…たぶん」
「………そういえば見たこと無い」
「どうしてっ?何でお墓無いの?」
「別に理由は無いと思うが…必要ないからじゃないか?」
何というか…みんな思った以上にドライなのかな?
故人を偲ぶみたいなことは考えないんだろうか…
「まぁ、欲しかったら遺族が作ればいいんじゃね?別に禁止もされてないぞ…たぶん」
「そっか…そもそも自分が生きることを最優先するもんね。ましてや戦死なら…」
「遺体を回収することがあまりないからな。正樹の場合なんて木端微塵だったらしいから、出来なかったってのもある。それ以前に慎の治療でそれどころじゃなかったしな」
「慎の治療っ?!」
「ああ、7門全開にするとたった数秒でも死ぬほどキツイらしい。というか普通は死ぬらしい。慎は2週間ベッドから出られなかった」
「そう言えば話に出ていたが〝ゲートが7つ〟とはどういうことだ?」
「そう言うたらそうやな。ゲートは6つちゃうんか?」
「いや、7つだよ。上位門のさらに上で【至門】。ただし<鬼>専用、さっきも言ったけど人間が使うと死ぬらしい」
「慎は使えるのか…何故だ?」
「それはたぶん………いや、俺も慎に聞いたわけじゃないからな」
「予想は出来るってこと?それ聞きたい~」
優輝は麻里の質問とみんなの視線を向けられてちょっと困った顔をしてたけど、結局根負けしたって感じで話してくれた。
「ハァ……慎の〝刀〟…抜くの見たことある?」
「あっ!あるあるっ!めっちゃキレイだった!……でもなんか怖いっていうか、嫌~な感じの魔素が出てて、ヤバい感じだったな~」
「僕も麻里と一緒だよ」
忘れもしない、あの〝刀〟は絶対に変だ。
美しい刀であることは間違いないんだけど、妙に生物的というか…とにかく不気味だ。
「その感じ、覚えておくといいよ。<鬼>を観た時と同じ感覚だから」
「「「「「ッ!!!?」」」」」
「俺も詳しいことは知らないけど、もう分かっただろ?」
………………
つまり慎は………慎が持っている刀には<鬼>の力が、もしくはそのものが宿っている?
そしてその力で〝7つめの門〟を開けたのか?
その代償に2週間もの間、起き上がる事さえ出来なくなった。
まてよ………
「もしかして、あの〝刀〟さえあれば誰でも?」
………………
「まぁ、俺はもう半分諦めてるけど…もし6門に到達出来たら、あらためて慎に聞いてみれば?」
「確かにそうだな。今の我々が気にしたところでお笑い草だ」
「ちなみにあの刀の銘…〝ホウキノスミカガミヤイバ〟っていうらしいぞ」
「「「「「はぁっ???何それ…」」」」」
「意味が分からんな…ヤイバは刃か?」
「なんか家事で活躍しそう」
「いつもの慎のセンスか?それとも暗号?」
「確かに鏡みたいにピカピカだったよ?」
「知らんがな…」
最後に一番どうでもいいネタ来たね………