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七つめの門  作者: 晴天八百十一号
11/14

9.疑惑

この作品には一部刺激の強い表現が含まれます。

ご了承ください。

秋になり、気温が下がって山々が赤や黄に色付き始めた頃。

既に収穫を終えた極上の新米に舌鼓を打ちながら、来るべき冬に向けて準備を始めたロストプレイスの住民たち。

益々のどかな雰囲気が漂うが、確実に時は流れている。

現代日本は言わば戦乱の世だ………スローライフなど何処にもない。

事実、陽平たちがLPに参入してから半年の間に政府軍の襲撃は合計3回あった。

〝大規模遠征軍殲滅事件〟以来最多のペースである。

政府内で何らかの方針転換があったようで、長らくアンタッチャブルとされていたLPでも、今後戦闘の激化が予想されている。


今年LPには、元東戦組を含め156名の新規参入者があった。

魔法持ち、またはLP参入後に魔法を覚えた〝新人〟は42名だ。

その中でも注目されている人物が4名。

政府軍から寝返った〝(ヤナギ) 和人(カズト)

元東戦で慎の恋人でもある〝(アオイ) 美月(ミツキ)

同じく元東戦の〝(モリ) 陽平(ヨウヘイ)

順也が偵察任務中にスカウトしてきた元大阪ゲリラ出身の〝瀬能(セノウ) 勇斗(ハヤト)

4名とも既に〝ダブル〟に認定されており、柳と美月に至っては上位門も開けている。


特に美月の成長は過去に例を見ないほど速いと話題になり、密かに「慎から特別扱いで指導を受けているのでは?」というやっかみ交じりの噂まで立っている。

ちなみに特別扱いは事実である。


対して瀬能 勇斗は我流の感が強く、LPのスキーム(言わば慎流)に染まらず独自の感性で実力を伸ばし、さらに同じゲリラから参入した2人も勇人の指導で確かな実力を付け、注目を集めていた。

ちょうどLPが「政府軍による奥只見ダム侵攻」を受けていたころ。

彼らが所属していた大阪の小さなゲリラ組織が政府軍の攻撃で壊滅し、自分たちの命も危うかったところを順也率いる偵察部隊に救われ、その流れのままLP参入となった。

陽平も勇人とは何度も話をしているが、関西弁の気さくな兄ちゃんという印象。

面倒見の良さや表裏の無い明るい人間性は周りの人間を引き付け、いわゆるカリスマ的な存在だ。

ただし、少々思い込みが激しく、考えるより先に口が出してしまうところがある為、しばしばトラブルも起こしていた。


「…要するにや、肝心の戦闘能力はどないや?っちゅう話や。そこんとこハッキリせな従う方もけったくそ悪いやろ?」

「そうかな?指揮能力高いならそれでよくね?」

「いいわけあるかい!LPは今や日本一の戦闘集団や!その最高指揮官が戦闘に出んと報告聞いて指示出すだけっちゅうのはどないやねん…前回も今回も隊長たちが優秀だっただけやろが?」

「でも、指揮官が前線に出ないのは現代戦争では常識だろ?」

「せやから、それやったら他のモンでも出来るやろ?ホンマに魔法が得意っちゅうなら前線出たらええやんけ!」

「慎の指揮能力は高いと思うぞ…他の人に真似出来るのかな?」

「それでもや!戦闘集団のトップがよう戦わんなんぞ納得いかん!」

「…『納得いかん』て言われてもな」

「…言うてて思ったけど、慎てホンマは強ないんちゃうか?」

「いや~、それはさすがに…」

………………

僕たちは日課になっている仕事後の訓練を学校の校庭で行っていたんだけど、つい先日南の境界付近で起こった政府軍との戦闘の話題を切っ掛けに喧嘩…とまでは行かないけど、ちょっとした言い合いになっている。

ヒートアップしてる勇斗とひょうひょうとした品川。

はたから見てると二人の温度差がちょっと面白い。

勇斗が言いたいのは、要するに「慎が前線に立って戦闘に出ないことと、そんな奴の指示に従いたくない」って事らしい。

あと慎は本当に強いのか?てこと。

まぁ、言いたいことも分からなくはない。


慎の戦闘能力については、たぶん新人全員が疑問に思っている部分だ。

考えてみれば慎が戦闘をするところを僕たちは誰も見ていない。

…慎は強くない?

でも7人の隊長をはじめLPの先輩たちは何ら思うところはない様子。

指揮能力の高さは折り紙付きだろう、元政府軍の人たちも認めてるほどだ。

魔法知識もトップレベルで、LPの住民はほぼ慎の弟子と言っていい。

事実、隊長や他の高位魔法能力者も慎の指示に対して『了解』以外の返事を聞いたことが無い。

…愚痴はしょっちゅう聞くけど。


それに………あの〝刀〟


同じ事を考えていた…かどうか分からないけど麻里があっけらかんと発言した…

「慎が弱い訳無いと思うけど~、納得できないなら聞いてみれば?」

「「「…誰に?」」」

「ん~と、…隊長の誰かかな?」

「なんで疑問形…ってか僕に聞かれても」

「今思い出したけどよ、前飲み会で隊長たちに聞いたとき『一緒にするなっ!』ってキレられたんだよな……酒の席だしスルーしてたけどよ。どういう意味だろうな?」

「そういえば、そんなこともありましたね。『一緒にするな』か……どうとでも取れますね?」

僕も、ある意味慎と同じ扱いはヤダ。

「要するに勇斗は慎が強けりゃ納得するんだろ?…戦うところを見れりゃ一番いいが、慎は戦闘中は指揮を執るしな……ムズいか」

「だったらやっぱり聞くのが早いんじゃない?LP初期メンバーの人達だったらさ、きっと慎が戦うとこ見たことあるよ!」

横田さんと麻里が意見を出したところで、ミニオンズの光樹さんと福井さんが手を挙げながら近づいてきた。

「お疲れ~!盛り上がってるとこ悪いけど、ちょっと連絡があるから全員聞いてくれ」

「雪が降る前に冬支度をしなくちゃならないんだけど、その順番と割り当てを決めるんで、1週間以内にミニオンズ本部で手続きをして欲しいんだ」

「基本的には普段の担当に準じて決めるけど、それ以外にも普段あまり触らん施設とか一部の住宅も必要になる。今年は降るのが早そうだからな、早めに片付ける予定だ。……そんなわけでよろしくな!」

「「「「「了解っ!」」」」」

「は~い!しつも~ん!!」

…っ!!?

麻里っ!?この場で聞くの?………まぁ、いい機会かも。

「麻里ちゃん?どうした?」

「光樹さんってLPの初期メンバー?」

「ああ、そうだな。慎とは子供の頃からの付き合いだし…まだ組織に成ってないころ、最初に声を掛けられた中の1人だな。…遊介は…」

「俺は最初って訳じゃないけど、まだこの辺が政府の占領下だった頃だ。まぁ、今となってはかなりの古参になっちまった…あの頃は1,000人もいなかったな」

「…あぁ、苦労したな…」

二人とも、懐かしむような…思い出したくないような、複雑な様子だけど質問にはしっかり答えてくれる。

この二人に限らずLPの人達は基本的に隠し事をしない。

大抵のことは聞けば答えてくれる………地域性なのかな?

他所から来た人たちも古参ほど開けっぴろげな人が多い気がする。

「せやったら慎の戦闘見たことあるやろ?…どないやった?」

「慎の戦闘?…何で?」

「…あぁ、そう言う事ね。慎の強さを知りたいって事だろ?」

「いや、そうなんだろうけど…そんなこと聞いてどうすんの?」

「俺ら新人は見たことがねぇから、単純に興味があるってのが一つだ」

「あと、戦闘中は基本的に慎が総指揮だから…」

「俺らの命預けてええんか?っちゅう話や」

………………

二人はちょっと驚いたような顔をした後…突然笑い始めた…

「…アッハッハッ、慎が弱かったら納得できないか?…ククッ」

「ハハハ…心配しなくても慎は強いよ。間違いなくLPのトップだ」

…!!?

「ちょっ、何で笑うん?俺ら真面目に…」

「その件は後でちゃんと考えとくから、さっき言った件、みんな忘れないようにな!」

………………


はぐらかされた…ってことかな?

僕たちから見たら光樹さんたちだって別次元の強さだ。

隊長達を差し置いて『間違いなくトップ』って言いきるのは、忖度にしてもちょっと言い過ぎなんじゃないかと思うけど…

少なくとも今の僕らが言っても笑い話レベルって事なんだろうな。


「和人はどう思う?」

「いくら何でも慎が弱いということは無いだろうが、俺としては別にそれでも構わない、指揮能力は極めて高いと思う…」

「勇斗とは考え方が違うって事ね。僕もそっちだな…」

「まぁ、個人的には気にならないと言えば嘘になるけど」

「それも同感。っていうかみんなそうじゃない?」

………………


***


ここ、LPの冬支度っていうのは要するに雪対策のこと。

生まれも育ちも東京の僕としては全く未知の分野だ。

この地域では主に〝流雪溝(リュウセツコウ)〟って呼ばれる道路脇の溝に、積もった雪を流し込む作業を〝雪かき〟って言ってるらしい。

流雪溝には最寄りの川から引き入れた水が常に流れていて、雪を溶かしながら大きな河に流れ出る仕組み。

大戦前は道路や建物の周り、場合によっては屋根の上からも、地下から汲み上げた水を流して雪を消していたそうだけど………なんか昔TVで見たことあるな…〝消雪パイプ〟だったっけ?

だけどこれにはポンプを長時間動かす為の電気が必要になるので現在のLPではNG。

もちろんガソリン(もしくは軽油)が必要な除雪車も使えない。

つまり人力による雪かきが唯一の手段だ。

なので事前に効率よく楽に作業出来るように準備しておくことが〝冬支度〟になる。


僕が暮らしているアパートのように最近建てられた物は、わざと傾斜を作ったりすることで雪が直接流雪溝に落ちる、もしくは簡単に流し込める造りになっている。

もっともこれは魔法ありきの構造だ。

ところが昔からある施設や住宅は、当時の住環境事情に沿って建てられているのでそう簡単じゃ無い。

まぁ、具体的に言うと自家用車の有無が大きいらしいけど。

基本的には木材やコンクリートブロックなどを使って作業しやすい環境……降った雪が一か所に集まるようにしたり、それを流雪溝の蓋のところに運びやすいように雪が積もらないところを作ったりするんだけど…

建物によってはそれだけじゃ不十分だったりする。

玄関前の屋根を拡張したり、板を張り付けて窓が割れない様にしたり、雪の重さでつぶれない様に柱を増やすなんて場合もあるみたい。

作業量が多くて、土建・インフラ部門だけじゃ雪が降るまでに終わらないかもしれない。

よってこれも田植えや稲刈り同様、魔法持ちヘルプ隊の出番となるわけ。

僕自身は土建部門に所属しているけど、今回は初めての作業なのでヘルプ隊と一緒に先輩からの指示に従って動くことになる。


僕が入ったチームは〝おやっさん〟と呼ばれてる50代後半ぐらいの職人さんと、なんと光樹さんが直接指示を出していた。

光樹さんは土建部門の総責任者なのに1つのチームに張り付いてていいんだろうか?

『今後の為におやっさんから習ってる』…って事らしい……うん、わからん。

ちなみにおやっさんの名前は不明……みんなおやっさんとしか呼ばないし、それでいいって言われちゃったからそれ以上聞けなかった。


作業を始めてすぐ思ったことだけど、これは力仕事に加えてかなり頭を使う必要がある。

と同時に、光樹さんがなにを〝習ってる〟のか判明。

丸太や板、コンクリートや(ベト)を運ぶ作業は【身体強化】が使えれば難しいことじゃない。

それよりも問題なのは、雪が積もるとどこにどれだけ荷重がかかるのか?とか。

動線を確保しながら効率よく除雪作業をするにはどこに雪が溜まるように傾斜をつけるのか?とか。

実際に雪が降ってみないと分からないようなことを計算し、それに沿って支柱を立てたり板を張り付けたりと、設計しながら作業しなきゃならないことだ。

驚いたことにおやっさんがその場でポンポン考えて指示を出していくのだ。

長年の経験に裏打ちされた〝カン〟みたいなものなんだろうか?

………………

「おやっさんすっごいな!…ザ・職人って感じでかっこええわ~!陽平もそう思わん?」

「確かに。ちょっとマネできる気がしないよね」

「経験っちゅうモンもあるやろうけど、頭もええんやろうな。マジ尊敬するわ…」

「うん…」

興奮気味の勇斗がしきりに感心してるけど…

そういう考え方が出来るなら、何で慎が指揮官じゃ納得出来ないってことになるのかな?

慎は「指揮のスペシャリスト」ってとじゃダメなんだろうか?


***


5日目の作業が終了した時点でヘルプ組はお役御免となった。

後の作業は僕たち土建部門のメンバーだけで出来ると判断したらしい。

みんなの前で光樹さんがそのことを通達した直後…

「光樹さんっ!…先日の件どないなったん?」

「おぉ?…あ~慎の件か?比呂に伝えたから準備はしてると思うぞ。この時期は忙しいから直ぐにって訳にはいかんだろうが…」

……???

「準備って、何の?」

「慎の強さが分かればいいんだろ?…だったら慎と隊長連中がしてる訓練を見るのが一番早いと思ってな………要するに模擬戦だ」

「「模擬戦???」」

「最近はやってねぇけどな、昔は隊長の訓練として結構やってたんだ………慎VS隊長」

「「「慎と隊長の模擬戦っ!!?」」」

………めちゃくちゃ見たいっ!?

「いつなんですかっ?」

「慌てんなよ…、さっき言ったけど準備中だ。スケジュール調整とか結界の準備とか、いろいろ大変なんだよ…日取りが決まったら通達するから…」

「わかりました……すいません」

つい興奮してしまった………


それからさらに4日経ち、待ちに待った通達が来た。

日程は2日後の昼で場所は学校の校庭。

今やLP内はこの話題で持ち切り!………かと思いきや、騒いでるのはほとんど僕ら新人で、先輩方は割と冷めた反応。

中にはあからさまに嫌そうな顔をしている人もいる。

その嫌そうな顔の1人、優輝に理由を聞いてみると…

「まぁ、新人は1度見てみるのもいいと思うけどね…一見の価値ありってヤツ」

「優輝たちはもう見たことあるから今更ってこと?」

「それもあるんだけど…【結界】要員なんだよ。トリプル高位者とクアッド全員。強制的に…」

「結界要員て大変なの?」

「普通の【結界】だったら別になんてことないんだけど…あいつらの試合は普通じゃないから。その日1日は仕事にならんし、下手すると次の日もダウンだ、MP切れで…」

「あ~、そういう…」

「でもでもっ、私たちは見学する価値があるんだよねっ?」

「…うん、と思うけど…。お前らさ、最初にあいつらの戦闘見た時どんな気持ちになった?」

「私は…やっぱりショックだったな~。こんな人たちがいるんだ~!?って」

「うん、僕もそう。でもそのおかげで今頑張れてるとも思ってる。努力するきっかけになった」

「…そんなとこだろうな。その気持ちをもう一度味わえるぞ」

「「ッ!?………」」

………麻里と目が合う。

「だからみんな見に行かない…注目してないって事?」

「いや、注目はしてるぞ。ただ、お前らと違って俺らはむしろ隊長連中にだけど。戦闘能力的にはやっぱり目標にしてるからな……それ以外の部分はともかく」

「んっ?…慎は目標にしちゃダメなの?」

「あ~、まぁ~、慎は…目標にはならんと思う………」

……???……

「まっ、明後日見に行けば分かると思うぞ……二人とも行くんだろ?」

「「もちろんっ!」」

………………

話はここまでとばかりに優輝は席を立って行ってしまった。

残された僕と麻里は、疑問が膨らんだだけだったような…

結局慎って強いの?弱いの?

………………

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