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いきんでいって 

掲載日:2023/03/09

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君はトイレと聞いて、どのようなイメージを浮かべる?

 大半は汚い、と思うんじゃないだろうか? 自分の家のものならいざ知らず、多くの人が使っているだろう公衆のもの、よその施設内のものなどは、なんとなく距離を置きたい気持ちにならないだろうか。

 しかし、それでもこいつは生理現象で、生きている限りはどこかで向き合わないといけない時が来る。

 たとえきれいと言えなくとも、大多数に外れる真似をして世間体を木っ端みじんにする度胸がある人など、そうはいない。

 自分と周りの平穏と未来のために、おのおのがきっちりしとげないといけない。まさに人生の岐路に立たされるんじゃないかと、僕は思っている。

 だいぶ前の話なんだけど、聞いてみない?



 それは学校での昼休み終了5分前のことだった。

 グラウンドでのサッカーを終えて解散した直後、僕は急激な便意に襲われる。

 学校トイレの個室を使うのは、男子の恥……みたいな風潮があったが、このときばかりはそうともいっていられない。

 外へ響いているんじゃないか、という具合のお腹のうなり声。かき回される洗濯槽のように、内臓に打ち付けられる水物の気配。そしてきゅっと口をすぼめなくては、漏れてしまうんじゃないかと思う殺到。


「やばい」。

 この言葉、ここで使わずいつ使う。

 足をひたすら開かないようもじもじしつつ、どうにか昇降口を通ったところで限界。屁が出たんじゃないかという噴出に、パンツの心配が上乗せされる。

 階段なぞ上がれるもんじゃない。なりふり構わず、手近な理科室前トイレへ突っ込んだ。

 個室には誰も入っていない。恥の文化の集大成に、このときばかりは感謝を捧げつつ、一番手前の個室に突っ込んだ。


 ズボンを下ろして、パンツを下ろして、お尻を下ろす。

 この三段下ろしこそ、生きててよかったランキングベスト5に入る瞬間じゃないかと思うよ。


 ――他の4つはどうなんだって?


 いやあ、それは人生経験値積まないと実感が湧かないことじゃないかなあ、ワハハ。

 決して軽んじるわけじゃないが、回数という点でトイレに及ぶかはわからないので、ここじゃ割愛だあ!


 とまあ、生きた心地をついた僕だが、ちんたらはしていられない。

 チャイムまで残り時間は3分ほど。カップ麺もかくやという速さでことを終えねばならない。

 もう態勢は整っているんだ。どどっと盛り上がって、ぴゅいっと立ち去る。

 ウォッシュレットも整っていて、このトイレはなんともリッチ。立つ鳥跡を濁さずの精神だ。手だけじゃ不安なところでも、ここは心強い。


 だが問題はまだあった。

 先ほどまで爆発のカウントダウンと思いきや、ここにきてカウンターストップときた。

 おいおいおい、映画のラストじゃないんだぞ。

 時限爆弾をギリギリでストップ、主人公とヒロインは幸せなキスして終了……なんて展開は許されんのだよ。

 カウンターとっとと進めて、思い切りはじけて、水流とペーパーのダブルキスをお尻が味わわなかったら、パンツに申し訳が立たないだろ。

 そうこうするうち、残り2分。

 教室までの道のりは、命削って階段3段飛ばしくらいの全速力なら、瞬殺だっていいところだろう。

 促せ、促せ、ことの結末を。


 お腹を回すようになでながら、僕はいきむ。

 いきむ、いきむ、いきむ。

 これまで誰を憎んでも、これほどほてったことはないだろう。顔の内側がむかむかと熱くなり出して、こめかみの奥がぴんと張ったかと思うと、じんじんと痛みが走る。

 鼻の奥など出血寸前。くしゃみの出る半歩手前といったところ、延々待ちぼうけを喰らっているかのよう。

 すべては平穏のため。動脈、静脈、総動員だ。


 それは20秒ほどだったか。いや5秒足らずだったかもしれない。

 ふと、お尻を力強く支えていた便器が、ぐにゃりとうねった気がした。

 軟泥に変わったような肌触りは、ぎゅっと尻に噛みつくような痛みを発する。

 いつもならぱっと立ち上がって、すぐに異変を改めただろうけど、いまは尊厳を守れるかの瀬戸際なんだ。

 どうにでもなれと、全身をますます加熱させていく。僕自身、火の玉にでもならんばかりの熱に、目の前さえ赤く染まり出したかと思うほど。

 どっと、一気にお尻の下から水音が漏れたのは、その直後だった。

 最初は安心感が勝ったが、意識して腹に力を込めても止まらない。さながら滝のような注がれ具合に、不安が首をもたげ出す。

 ひょいと股下を覗き込んだ。溜まっている水は暗がりに沈んで、はっきり色は分からない。

 ただより体に近い部分、流水が伝うだろう便器の白い部分には、鮮やかな赤色が横たわっていたんだよ。

 チャイムが鳴り響く。僕はペーパーを雑に手へ巻き付け、もぎとりながら尻へあてがった。

 そこには想像とは違う、便器の底と同じ赤がしっかり染みついていたんだよ。

 そして便器のうねりも、いつの間にかなくなっていたんだ。



 この時は必死過ぎて、痔だと思っていた。

 けれどそれから数年後、同じようにトイレで大いにいきんだ僕は、そのまま意識を失って病院へ搬送された。

 どうも血管にえらい負担がかかって、もうちょいで命に係わるところだったらしい。

 今後はいきむことは控えるようにいわれて、いまも自重中なんだけど、そのときの状態からして、ずっと昔から同じようなことが起こってもおかしくなかったらしい。

 あの時の便座のうねりと出したものは、余計な血を体から追い出して、僕を守ってくれたんだろうかね?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 身構えていたが、汚い話にはそこまでならなかったところ。で、不思議な感覚と謎テンションなど、人によっては結構慣れ親しんでるのではないかと思う。 [気になる点] 脳血管への圧による幻覚か、トイ…
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