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9話

 

 今村家を基準にして家のあれこれを考えたりしないよ、と言われたのはさっきのこと。私と之人君は再び並んで歩いている。

 長くも短くもない会話を続けた後、ふつりと途絶える。その後少ししてから之人君が話題をふってくれるということが何度も続いた。


「そういえば、」

「うん?」


 昼と夜とじゃ全然景色が違うなあ、なんて自分の世界に入って考えていた矢先だったから、ほんの少し驚いた。


「清田って幼馴染なんだよね?」

「そうそう。もはや第二の保護者みたいなもの。」


 お向かいさんだとかお隣さんというわけではないけど、そこそこの距離のご近所さんというやつで、物心ついた時には既に私の隣には志信がいた。小さい頃は本当にいつも一緒だったけど、年を経るにつれそれは無くなって、お互いに別の友達ができていった。それでも、やっぱり志信は幼馴染で親友で、家族のような存在には変わりない。加えてしっかり者という志信の性格。うちの家族が彼を信頼しないはずがない。


「保護者、ね。」

「お兄ちゃんみたいな親友なの。」

「清田には同情するよ。」


 それは私が妹だと大変だろうとか、そういう意味?と聞けば、違うと言われた。どういう意味なのか聞きたかったけど、之人君は曖昧な笑みを浮かべるばかりで、聞いたところで答えはもらえないと悟り口を噤んだ。


 会話も終わったところで次の話題が無くなり暫し沈黙のまま家へと向かう。

 いつもの帰路。それが今日は一人でも、志信と一緒でもなく、今村之人君という今日会ったばかりの人と共にあるなんて、朝の私は考えつかないだろう。それを考えると何だか変な気持ちになる。


 目の前に見える丁字路。そこを左に曲ってすぐが私の家。


「あ、そこを左に曲がって三件目の家がうちなの。」

「わかった。」


 ほんの少し気まずかった沈黙はこうして終止符を打った。


「学校からわりと近いんだね。」

「そう、かな?」

「今村の屋敷より近いよ。」


 それはまあ、そうだろう。というか、ちょっと考えてみる。これから暫く今村さんちにご厄介になるわけで、つまりはあそこで寝泊まりするということ。それすなわち、あそこから登校し、あそこまで帰宅しなくてはいけないということだ。


(それは……面倒かも。)


 学校への道のりが遠くなったのは、なかなか痛い。

 本来なら自宅に帰っているだろう時間もまだ帰路への道を歩いているのだ。


「あ、ここがうち。」


 規格外な今村のお屋敷とは比較できないけど、一般家庭としては普通サイズの戸建てで新しくはない家。ちょっとした庭と、二台の駐車スペースがある。だって車ないと出かけるのに不便で、お話にならないもの。

 バスや電車、なんなら新幹線、そういった公共交通機関が縦横無尽にある都心部とは違うのです。

 一階の和室を見ると、案の定じいちゃん達は寝たようで電気が消えていた。


「じゃあ、俺はここで待ってるから。」


 数歩後ろの表札の近くでぴたりと立ち止まって彼はそう言った。


「こんな時間に御宅訪問はちょっとね。」


 こんな夜に家の前でそれなりな時間を立たせていては、之人君が不審者と間違われる可能性がある。ただその前に、彼にわざわざご足労いただいたのに、お茶の一杯も出さずに立たせているなんてあり得ない。


「ここに待たせておく方がおかしいよ。お茶くらい飲んでいって。それにじいちゃんたちはもう寝ちゃったし、お父さんはまだ暫く帰って来ないしで気を遣う必要なんてないんだからさ。」

「え……えー?」


 之人君は渋い顔をして私を見下ろしてきた。かっこいい人はどんな顔でも様になるようです。

 なんて考えながらもじっと彼を見つめていると、降参とでも言いたげに小さく溜息を吐いてこちらに歩いてきた。


「君は、危機感っていうのがないのかな。」

「どういうこと?」

「いや……。清田は今まで苦労してきたんだろうなって話。」

「ん?」


 危機感、ならある。よく知らない人をこんな時間に、こんな状態の家にあげたりしない。

 でも之人君はまだ一日にも満たない時間しか過ごしてないけど、信頼に足る人物だと思える。だから、こうして家にあげることができる。

 家族のように接してきた志信も、私がそもそも男の子を家に連れ込むってこと自体が無いに等しいことを理解していているし、だからこそそういう面では苦労しているとはあまり思えない。


(之人君が思ってることと逆だ。)


 なんて考えながら、鍵を取り出して鍵穴に差し込み回す。ガチャンという音とともに解錠された。


「どうぞ、お入り下さい。」


 お邪魔します、という彼の言葉を背後に、ようやく私は帰宅したのだった。


 当たり前だけど之人君は靴を揃えてあがってきた。スリッパを出して彼に履いてもらい、居間に通し、座ってもらう。


「コーヒーとお茶、どっち派?」

「お構いなく。そんなことより、早く準備してくれると助かるんだけどね。」


 苦笑して肩を竦められてしまった。

 もちろん、言われなくても早くしますとも。ただその前にもてなすべきですよね。


(無難にお茶かな、やっぱり。)


 一緒に暮らしてるじいちゃんばあちゃんがお茶好きということもあって、それなりに良いお茶っぱがうちにはストックされている。うん、おもてなしにはもってこいだ。

 というわけで、お茶を淹れてその湯呑を彼の前に置いた。


「どうぞ。お口に合えば良いんだけど。」

「ご丁寧にどうも。」

「それじゃ、準備してくるね。お手洗いはこの部屋出て右の方。私の部屋は二階上がって右の部屋だから、何かあったら呼んで。」


 ごゆっくり、と言って私はこちらを見る之人君がいる居間を出て行った。


「……こういう状況の家に、会って間もない男呼ぶか?普通ないだろ。自分の部屋も教えちゃって。」


 はあ、と盛大な溜息を之人君が吐いていたのを私は知らない。だって、二階に駆け上がっていったし。もちろん、じいちゃんたちが起きるから極力音を抑えて、ではあるけど。


 がちゃり、と自分の部屋のドアを開けると、そこは見慣れた部屋だったのになぜだろう、凄く懐かしく感じる。


(それだけ濃い一日だったってことかな。)


 朝から濃かった。

 このままベットに寝転がって帰ってきた実感を確かめたいけど、下で之人君を待たせてるためそんなことしている場合じゃない。それにこのまま寝ちゃいそうだし。


 ということで、早速荷造りに取り掛かる。なんだか引っ越しみたい。

 まず必要なのは、学校で使うもの。教科書の類やらジャージやらその他諸々は、トランクについてきたセカンドバッグにいれる。 次に服をいくつかトランクに入れ……あれ、パンパンになった。おかしいな、少数精鋭で選抜した筈なのに。変なの。あとは生活用品等を斜めがけのボストンバッグにいれる。ついでにお出かけ用のバッグも入れた。


「こんなもんかな。」


 部屋を見回してみる。あ、これもあったらいいな、なんて物もあるけど、取り敢えず急を要して必要なものではないから放置。

 ベッドサイドの目覚まし時計を見るとあれから十分は経っていた。

 そしてその時計をバッグに詰める。今村家で与えられた部屋に時計はなかったから忘れちゃいけない。

 特にやることも無く暇をしているだろう之人君のことを思い、荷物を持ち慎重に階段を降りて居間へ行くと、当初と変わらない背筋を伸ばした状態で彼は座っていた。


「お待たせしました。」

「いや、全然。というか……」


 彼の自然は私が用意した荷物に注がれていた。


「女の子だしある程度荷物は多くなって時間がかかると、荷物の割に準備するの早かったね。」

「そうかな?」


 私としては結構時間かかったと思ったのだけど、彼にしてみれば早い方だったらしい。それにしても女の子が準備かかることをよくご存じで。


「で、さっき奏季さんからメール来て、清田は明日の朝に奏季さんと走りこみしながら荷物取りにくるんだって。」


 通常、朝の御宅訪問なんて良い顔はされない。のだけど、志信の家はお父さんは短期出張が多くてお母さんは今はおばあちゃんの介護で県外の実家に行っているから、ほとんど志信しかいない状態だ。


「清田たちが荷物取りに来るんだったら合流して帰ろうと思ったんだけど、そういうわけじゃないみたいだから、そろそろ行こうか。」


 之人君にだってやりたいことあるだろうし、あんまり長居して拘束時間を増やすのも悪い。ということで、私は軽く頷いた。


「お茶ご馳走様。美味しかったよ。」


 口にあったようで何より。お粗末様です、と言って一旦荷物を下ろすと、湯呑を台所に持っていって洗い、水切りカゴに逆さに立てて置いとく。

 戻ってみると、ボストンバッグを肩からかけて、軽々とトランクを持っている之人君がいた。


 なんていうか、ジェントルマンすぎると思う。


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