8話
「えーっと、何でこんな時間に、こんなところに香住さんが?」
事情がわからず困った顔をしている之人君に、帰ってからの今村さんとのやりとりを話した。
「そうだった。君も清田も身一つで来たようなものだったね。」
「迷惑じゃなければ一緒に来てもらえないかな。」
苦笑気味にもちろん、と返事をしてくれた。
「こんな時間に女の子を一人で夜道を歩かせるなんて出来ないしね。」
今村としての考えで、能力があるかもしれない人間を一人で帰させて何かあったらいけないから、とかそういった思惑があるのかもしれないけど、今の彼の言葉はとても紳士的に聞こえた。
「之人君って、ほんっと優しいよね。」
「どうだろ?自分ではそう思ったことなんてないけどね。」
そう言って肩をすくめられた。謙虚な姿勢、というわけでもなく本当にわからないらしい。
優しいかどうかなんて自分自身じゃわからないのが普通だ。答えにくい質問をしちゃったなあ、と思いつつ、もう一度だけ優しいよ、と言ってみた。
「はは、ありがとう。さてと行こうか。」
あくまで私の意見を尊重してくれる姿勢は好ましい。
一つ頷いて、少し体を横にずらし、彼が部屋を出てくる様子を見守った。
「じゃ、案内してくれるかな。」
「その前に、部屋に寄っていいかな。鍵とか、貴重品取りに行きたくて……。」
「了解。」
一旦、私が借りてる部屋に行くことになった。
並んで歩くとわかるけど、之人君も身長が高い。志信と同じくらいの身長なんじゃ、と考えつつ自室へと向かう。
やがて私に与えられた部屋の前に辿り着いた。その扉をあけて、中に入り、通学用鞄に入れていた鍵と財布を取り出す。ちなみにスマホはカーディガンのポケットにいつも入れてる。それらを手に持ち、部屋を出る。するとそこには壁に背をもたれ、腕を組んで待っていてくれた之人君がいた。なんだか絵になる。
「お待たせしました。」
「全然。それじゃあ、行こうか。」
壁から預けていた体を離して、私の隣に立つと歩調を合わせるかのようにゆったりと歩いてくれた。
いや、実際合わせてくれている。
そもそも私と彼とではコンパスの差で歩幅も違ければ、スピードも変わる。
さすが之人君。会って半日くらだけど、彼は非常に紳士的だということがわかった。
「そういえば、奏季さんの相手疲れなかった?」
突然何を言うんだ、とばかりに驚いて之人君を見ると、彼は苦笑していた。
「お酒飲んだからああなったわけじゃなくて、あれがあの人の素なんだ。清田とか、苦手そうなタイプだよね。」
「うーん、どうだろう?」
思い返してみる。絡まれながらも何だかんだで付き合っている志信。これから接する機会が多いだろう人を無碍に出来ない、そういった意味で付き合っているだけじゃないような気がする。
最初は正反対の二人で心配したけど、神経質というわけではないけどそこそこ心配性で何かと深く考えちゃう志信にはあれくらい垢抜けた人が案外合うのかもしれない。
「でも、大丈夫だと思う。きっとあの二人は、上手くやっていけるよ。」
「そっか。」
之人君が返事をしたところで会話が終わってしまった。そのため無言になり、なんとも気まずい。私から話しかける勇気がなかなか湧いてこないため、沈黙が二人の間で流れてる。
彼は気まずくないのだろうか?ちらりと見てみると、何ともタイミングが良いことに(良いのだろうか)こちらを見ていた彼の視線とあってしまった。
「で、君は?」
「え……」
「奏季さんの相手、疲れなかった?」
さっき彼にそう聞かれたのを忘れてたわけではなく、会話の流れが自然と志信の方にいったからあえて話さずにいた、ただそれだけだった。
私としてはそういう考えだったものの、之人君としてはことの他気になっていたらしく、もう一度尋ねてきた、というところだろう。
「最初は驚いたけど、大丈夫だよ。」
疲れるくらい話していないためよくはわからないけれども、多分大丈夫だろうという希望的観測だった。
まあでも、悪い人じゃなさそうだし、大丈夫だと思う。
それにしても、再度聞いてくるあたり、よほど心配していたと伺える。
てことは、そんなに疲れた顔してた?夏南ちゃんも似たようなこと言ってたし。慣れない場所の上緊張してたっていうだけなのに、悪いことしちゃったな。そのうち、みんなともっと仲良くなってからそれとなく話してみよう。でも今は無理。この微妙な状況で、まぜっかえしたくないもの。
「良く言えば世話焼き、悪く言えばお節介を地でいく人だから、君はどうかなって思ってたんだ。」
今日来たばかりで不安や緊張でごちゃごちゃな気持ちの私たちを気遣って、あんなにも話しかけてくれていたのだろう。
とすると、奏季さんには私よりも志信の方がそういう風に見えた、ということだ。
基本的に物事に動じない志信ゆえに、今回の事の大きさを改めて理解した。今更、だけど。
「心配かけてごめんね。でも本当に大丈夫だよ。」
「なら良いんだ。」
玄関にて。私は元より履いてきた若干汚れが気になる黒のローファーを、そして之人君はスニーカーを履いた。何だろう、上手く言えないけど、シンプルだけとスタイリッシュなかんじのスニーカーだった。似合いますね。
「そう言えば、香住さんの家ってどの辺?」
引き戸をがらり、と開けて外に出ていく之人君に、私も続いた。
「今村さんちは学校から出て並木道を通って右側に来たけど、うちは左側の住宅地にあるよ。並木道出てから十分もかからないで着く。」
「ここからだと三十分くらいかかるか。」
「うん、多分。」
それにしても、と考える。
これからうちに行くわけだけど、うちはお世辞にも綺麗だとか広いとか言えない一般的な家だ。まあ、二世帯住宅だからそこそこは大きいかもしれないけど、あくまでそこそこ。しかも、築何十年となる。そんな微妙な家に、今村家の人をあげても大丈夫なのだろうか?今更ながらに、失敗した、と思った。
「あの、ね。うち、狭いし、古いよ?」
「……は?」
足を止めてこちらを見るくらい驚くようなことを言ったのだろうか。
之人君はとにかく、意味が分からないといったような表情をしていた。
「今村さんちとなんて、月とスッポンというか……比べることすらおこがましいというか。」
「あ、ああ。そういうこと。」
一人で納得したご様子。
「この家を基準にして考えてないから大丈夫だよ。」
ほら行こう、と促されて、立ち止まったのは之人君なのに、動きたくないとでもいうようにのろのろと歩み出したのは私の方だった。